彼のヒーローヴォイス
「おはよーっす」
ポケットに手を突っ込みながら、純一が事務所へ入ってきた。
「おはようございまーす」
私は、チラリと純一を見て、あいさつをし、すぐさまパソコンの画面に視線を戻した。
スタッフも続々と出勤してきて、あっという間に事務所の一日が始まった。
そして
社長が入ってきて、荒井さんが社長室へ入った5分後に、私と純一と柿谷くんが社長室に呼ばれた。
椅子に座った社長は、机の手前に決して長いとはいえない足を伸ばし、
ソファに座った荒井さん、となにやら笑いながら雑談をしていた。
荒井さんの隣に私。テーブルを挟んで純一と柿谷くんを座らせた。
「なんですか? また何かイベントでもあるんすか?」
少し不機嫌な純一が、社長と荒井さんに問いかけた。
「実は、今度始まるアニメのキャラを
オレのところにいる、『立川 潤』と『細井勝哉』と、純一と慎吾にやってもらう
そして、そのキャラでユニットを組んでもらうことになった」
「はぁーっ?!」
不機嫌な声で驚いたのは、純一。
「なんで、事務所が違うアイツらと組まなきゃならないんスかっ?!」
うわ…。かなりご立腹の純一…。
そうだよね…。なにかと、『立川 潤』と比較されているものね…。
「純一、今、若手声優界を引っ張っているのは、おまえと立川だろ?その2人が組めば、他の声優たちにもいい刺激になる。 もちろん前からいるベテラン声優だって、負けちゃいられない、って思うしな。」
「だったら、もっと他の方法もあるんじゃないんですかっ?!」
「いや、いろいろ案は出たが、この方法が一番だった。上層部も承知してるぞ。」
うわ…。コレってやっぱり大人の事情ってヤツかしら…。
それに追い打ちをかけたのは、皆で合宿もするという…。
「はぁ……。」
頭を抱え、しばらく動かない純一。
椅子に座っていた社長は、すっと立ち、純一の傍に行き、肩に手を置いた。
「純一… これがトップ声優でいるということだ…。」
再び、肩に置いた手をポンと叩いて、社長室のドアに手をかけ、
「荒井くん、それじゃ、頼んだよ」
そう、荒井さんに言葉を投げ、出て行った。
社長の顔を見ないで下を向いていた純一の膝におかれた拳は、小刻みに震えていた。