K
「そんなの、だめだ…」
拳を握りしめる。
思い出されるのは、クリーンベンチの中で蛍光灯に照らされた青白い肌。
無理に曲げられたことでうっ血した彼女の脚や腕。
悲しげな、表情。
「香西?」
自分の中で、感情が高ぶっているのを感じた。
心の奥底で、悲鳴を上げているような。
どろどろとした、ものが。
「香西、どうした。お前、顔色悪い…」
その感覚を、俺は知っている。
いつかも、こんなことがあった。
押さえなければ、押し殺してこんな感情消さなければ…
「だめだ、そんなの。吉野さんみたいな人が殺されるなんてこと、だめだろう」
「あ、ああ。
そうだな。彼女は殺されるべき人間じゃない…」
俺の声が震えているのを、螢は気づいただろうか。
螢が気遣うように俺の肩に手を置く。
「悪い。俺も考えすぎかもしれない。
お前も、現場をみて気が動転しているときなのに」
「いや…」
「…帰ろうか」
螢はそう言うと、歩き始めた。
俺もそれに、ついて行く。
それ以降、帰りの道は事件の話はしなかった。
8月のじめじめとした、空気。
星は見えない。
螢の背中を追う。
カフェオレの味が残っている。
口の中が、甘い味がした。