K
そこに人が居る、と気づいたのはそのまま数分過ぎた時だった。
今の自分を見られたかもしれない。
恥ずかしい、そう思ってそそくさと帰ろうと思った。
しかしその人物がなにか差し出してきた。
「これ、お忘れですよ」
それが、自分の靴だということに一瞬気付かなかった。
そうだ、自ら放り投げたのだった。
慌てて受け取り、履こうとするが上手くいかない。
紐を解かなくては。
「良い靴をお持ちですね。大切に履かれてたみたいだ。注文靴ですか」
しゃがみこむ私にその人物は話しかけてきた。
立ち去る気配がない。
なんだか情けなくなり、顔を上げられなかった。
「ええ、若いころに買った物ですが」
「よくお似合いですよ」
「気に入っているんです。ありがとうございます」
声からして若い青年だった。
こんなところに、こんな時間に。
こんな中年男になぜ構うのだろう。
これで自分が若い女性などだったら、警戒するものだが。
かといってその育ちの良さそうな言葉遣いは、決して俗に言うオヤジ狩りなどという類でもなさそうである。