K
まだ浅い呼吸を繰り返している中年の男は、その年にしては痩せていて簡単に刃が内臓に到達した。
しかし場所が悪かったのか、絶命には達していない。
苦しいだろうに。
だからと言ってもう一突きするつもりはなかった。
死は、高潔に平等だ。
誰にでも等しく降るものだ。
澤村重孝 52歳。
この条件なら、彼の家族にはそれ相応の保険金が下りるだろう。
大体の家庭環境は、把握済みだった。
そういう意味では、彼は必要とされる人間だったのかもしれない。
しかしそれは、本当の意味での必要ではない。
彼の胸ポケットに折りたたんでおいた紙を入れた。
血が付着したが、気にはしない。
その場を去りながら血のついたナイフを簡単に拭って用意していたビニール袋にしまう。
着ていた雨合羽も同様にして袋につめた。
公園の木々に止まったセミがまだ鳴いている。
ああ、彼に。
彼に、少しでも近づけただろうか。
そう思ってほくそ笑む。
着実に、近づいているという実感があった。
胸の奥に、くすぶる衝動。
冷えた眼差しに潜んだ、麗しき熱。
空を仰ぐ。
まだ低い位置の月が煌々と灯っている。
まるで祝福をしてくれているような気がした。