K
大学内は、ある噂で持ちきりだった。
「香西、また寝てるの」
顔に被せていた情報誌を半分ずらされた。
急に視界が明るくなり、ずらした本人を睨む。
「その様子だと提出できたみたいね」
「当たり前だろ?」
沙雪は俺の寝ていたソファに無理やり腰を下ろした。
「どーせ松村さんはとっくに提出してたんだろ」
「当たり前じゃない」
同じ言葉を返されて、多少むっとしたが表裏のない彼女のさっぱりとした性格が彼女の美点なのだ。
とっさ言い返そうとした口を閉じた。
「里村先生が期日を遅らせてくれてよかったわね、あんなことがあったわけだし…」
卒論の中間提出の時期だった。
気づけば9月も半ばだ。
あの事件からひと月以上経っていて、すでに日常は取り戻されていた。
相変わらず俺は研究に忙殺されていて、沙雪の姿を見るのは久しぶりだった。
とっくに卒論をまとめていた彼女は、研究室に立ち寄る必要もなかったのだ。