K
噂。
「百合さん、消えちゃったな」
彼の口から聞くと、なんだか真実味に欠ける。
けれど、噂はどうやら本当だった。
木下百合が、消えた。
「みたいだな、今はみんなその話題だ」
彼女はこの大学では有名人だった。
「誰も、連絡つかないんだって。おかしいなって思った人が親とかに聞いても知らないし、職場も無断で休んでるって」
「あ、やっぱりそれ、本当だったんだ」
沙雪が落ちた声を出す。
木下百合(キノシタユリ)とは、S大のOGであり、当時のミスコングランプリであり、螢がついこの間まで付き合っていた人だ。
3年連続ミスコングランプリという偉業を果たし、学内外でも積極的に活動をし、卒業してからも何かと話題の人であった。
螢と付き合いだした時も、かなり噂が流れたものだ。
29歳には見えない幼さの残る顔立ちで、笑うとえくぼが出来るのが印象的だ。
「傷心旅行っていうのには、ちょっとタイミングずれているよな」
螢と別れたのは3か月も前だ。
「それはないだろ。だとしたら職場に連絡するだろうし、N社はそういうのに厳しいから無断でふらっと、なんてことは彼女、しないと思う」
N社とは常に就職したい会社ランキングで上位に上がる大手商社の名前だった。
美人な上に器量も良いという才色兼備さだ。
「じゃあ、本当に消えちゃったんだな」
消えた、その言葉の通りある日を境に彼女の行方はさっぱりと途絶えたのだった。