云えないから。
こんな勝手なことをされた時は、いつもは反抗するのだけど、今回は、まぁいいかと、思えた。

翌日、菫鈴は母親の言われたとおり、サンライズマンションの前へ行き、迎えのバスを待っていた。
テンションが上がってもいなければ、低いわけでもなく、わりと落ちついていた。
すると、一台の白いワゴン車がやってきた。
車の前方には、母親から言われた自動車学校の名前が書いてある。
案の定、菫鈴の目の前で、ワゴン車は止まって、スライドドアが開いた。
運転席から、こちらに顔を向けて、身を乗り出した、40台半ばの男性が菫鈴を手招きした。

「楠 菫鈴さん?お待たせー!」

中年のわりには、髪をかなり明るめにそめていて、良く言えば若々しい…悪く言えば、チャラい。
それが第一印象だった。

「うちは、担任制で、楠さんは僕の生徒だからね!
高瀬といいます!よろしくー。」

ノリがとにかく若いし、ルックスも悪くない。若い頃は、かなりモテたんじゃないかという感じだ。

「あ…よろしくお願いします。」

菫鈴は、とにかく愛嬌がある。
美人というわけではないし、スタイルが良いわけでもないが、菫鈴の笑顔は結構人気があった。
と、いっても、菫鈴は中学高校は私立の女子校に通っていた為、男性遍歴はほとんどない。
持ち前の明るさ、話しやすさから、男友達は他校に結構いるものの、恋愛にはどれも至っていない。

「菫鈴って、化けそうだなぁ。」

高瀬が、運転しながらニヤリとした。

「え?」

菫鈴は意味が分からない。

「あー、きっとね、菫鈴はイイ女になるなーって思うよ?」

高瀬は、左手で顎を触りながら、眉をひそめて言った。
初対面で、この軽さ。
ナルシストは嫌いだと人には言っているが、実は菫鈴、軽そうな男に惹かれる傾向にあり、悪い気はしなかった。

「えー、そんなことないですよー!
いつも振られてばかりだもん。」

菫鈴は、恋多き女である。
しかしながら、彼女というポジションには未だ一度もつけていない。

「ほんと?可愛いのになー。気付けてない奴ばっかだよな?」

可愛いなんて、こんな照れもなく言えてしまう高瀬は、さぞ遊び人だと思う反面、魅了もされてもいた。
菫鈴は、こんなに年上の男性には出会ったこともないし、こんなオジサンにときめくなんて不思議な感覚だった。
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