その恋愛は、恋愛ですか?
 先輩の拾ったタクシーに同乗して、着いた先は駅の裏手にある背の低い雑居ビル。


 1階と2階の間には金融会社の看板がぼうっと光っていて、3階の外壁には聞いたことの無い有限会社の看板が突き出している。


 辺りに人通りはなく、すぐ側の公園では、闇に染まったパンダやライオンの乗り物が風に揺られてバネを軋ませていた。



 なんだか寂しいところだけど、あの3階の会社が恋愛アドバイザーさんの借りているフロアーなのかな。



「ここですかぁ」



 私がビルを見上げながらそう言うと、先輩は何を言うでもなく、難しい顔をして歩き出す。


 私もすぐに後を追った。


 けれど、先輩の向かった先はそのビルの上り階段ではなく、その脇にあった下り階段の方だった。


 というか、こんなところに下りの階段があったなんてたった今まで気が付かなかった。



「えっ、ここに入るんですか?」



 私は地下へと続くその階段を覗き込んで、思わず尋ねてしまった。


 真っ白なコンクリートで塗り固められた階段の壁面には、スプレーで色とりどりの落書きがびっしりと施されている。


 いや、ただの落書きというのは失礼な感じがする程度にはアーティスティックだっだけれど、いかにも攻撃的なその配色とデザインには怯まざるを得ない。


 それは、カクカクとした英字であったり、野球選手のサインのような全く読めない文字であったりした。



「あんたの会いたいやつは、この中よ」



 先輩は階段の踊り場辺りまで降りてから、振り返ってそう言った。



 怖い。


 落書きの内容はさっぱり理解できないけれど、これを書いた人間がどういう風貌であるかは、簡単に想像できる。


 きっと、金髪で口や鼻にピアスの刺さっているような、関わったことが無いタイプの人間だ。



「ほら、早くおいで」



 先輩はそう言って手招きをしていた。

 
 私が無理を言ってタクシーまで使って連れてきてもらったのに、今更回れ右して帰るわけにはいかない。


 足早に階段を降りて、先輩の背中にぴたりとくっつく。



 そんなに長い階段じゃなかったから、踊り場までいくと、眼下にすぐ扉が見えた。


 しかし、その扉には一際恐ろしい落書き。


 それはギラリと光る牙を剥きだして、大口を開けている恐竜の絵だった。



「いくよ」



 先輩はさっさとその扉を開け放つと、私の手を引いて中へと入っていく。
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