その恋愛は、恋愛ですか?
「いや、そいつだよ」



 先輩がため息交じりに指さす先を見ると、3つほど離れた席に、彼はいた。


 そう、カウンターの端っこで酔いつぶれていた、スーツの男性だった。


 男性は、ロックグラスを掴んだまま、顔面からテーブルにつっぷしている。



「え……。ど、どうしましょう」



 どうにもならなさそうなのは分かっていたけれど、なんとかして今日のうちに相談したい。


 起こしてもいいものなのか、という意味合いを込めて先輩に尋ねる。



「んー、一度ああなったら朝まで起きないからなぁ……」



 先輩がじっとりとした視線を彼に向けてそう言う。


 レコードを弄り終わって戻ってきたマスターが、私たちの視線の先をたどって、「そういえば、レン君に用があるんだっけ」と彼を指さす。


 店内に流れる音楽は、いつのまにかハウス調のものから女性歌手の歌うリズム&ブルースに変わっていた。



「レン君、今日はまだ3杯目だから酔いつぶれちゃいないさ。
いやさ、まーた振られたらしくってさ、多分、精神的に潰れてるだけだよ」



 マスターは私たちの方へ身を乗り出すと、手のひらで仕切りを作りながら囁くようにそう言った。



「恋愛のプロなのに?」


 私がそう返すと、マスターは「失恋のプロでもある」と言って笑いを堪えていた。


 そう言われると、相談するのがなんだか不安になってしまうけれど、恋愛のプロであることを否定する言い方じゃあなかったから、まだ望みはある。



「どのみちだめだね、ありゃ。
ま、まあ今日は諦めてパーッと飲もうか。善さんも何か飲む?」



 葉子先輩はそう言って、3人分のお酒を注文した。


 善さんというのはマスターの名前らしい。


 マスターは「おっ、サンキュ―」と言って嬉しそうにウイスキーの栓を開けていた。
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