その恋愛は、恋愛ですか?
 先輩が頼んだお酒がテーブルの上に並ぶと、マスターは「頂きます」といって、ウイスキーの入ったグラスを差し出す。


 先輩が自分のグラスをそれにぶつけたのを見て、私も慌てて真似をする。



 それからしばらく、先輩と善さんの話に耳を傾けていた。


 けれど、私の心はここに在らず。


 つい、レン君と呼ばれていた例の男性の方を見てしまう。



 そして私はとうとう、シャンディ―ガフの二杯目を飲み干してから席を立ってしまった。



「ヨリ、やめときなって」


「ちょ、ちょっと隣に座ってみるだけです」



 そう、ちょっと隣に座って、もしあの人がそれに気が付いて顔を上げたら、ご機嫌をとって話を聞いてもらう。


 それだけ。


 もし迷惑そうならすぐに撤退します。


 私は自分にそう言い聞かせて、彼の隣へと席を移した。



 けれど、彼はやはり微動だにしない。


 それをいいことに姿勢を低くして彼の顔をじっくりと眺めてみた。



 綺麗な顔立ち。


 その瞳は閉じていても、くっきりとした二重瞼のラインが分かる。


 鼻はテーブルに押し付けられてひしゃげていたけれど、ひしゃげていてもなお、高い。


 少しふっくらとした唇は、触ってみたくなる程度に艶やかだった。ヨダレさえ垂れていなければね。 


 髪の毛は少しくせっ毛で、それをワックスで後ろに流してるっぽい。



 私は、つい、目的を忘れて彼の寝顔を観察してしまっていた。



 けれど、突然に自分の手の甲に伝わった暖かい感触に驚いて、私は反射的に立ち上がってしまった。



「えっ? えっ?」



 気が付けば、私の手を彼の大きな手のひらが覆っていた。



「お嬢さん、だあれ?」



 彼は、涙と鼻水を垂らしながら、子犬のような瞳で私のほうを見上げていた。
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