Murasaki
3.
答えあわせをしよう。
そんな感じのことを皮切りにプリントの答えあわせが始まった。
黒板に書く字が、ちょっと丸文字っぽいな…とか関係ないことを考えながら、赤ペンで応えあわせをしていった。
結局自力で解けたのは最初の2つだけ。
高校で習うはずのものだし、今出来なくても大丈夫だよね、とか考えながら話を聞いてた。
目からうろこだった。
先生の話を聞くと、すぐに理解できた。
パズルみたいで、すごく面白かった。
中学の先生の数学は欠伸が出るほど退屈だったのに、どうしてこの先生が説明するとこんなにも面白いのだろう。
隠された数字の並び。
問題が理解できる、快感。
全てが初めてだった。
基本的なところはある程度理解できるように。
応用の入った少し難しい問題は、簡単に説明して紹介程度に。
数学が面白い。
そう思った自分が信じられなかった。
また皆さんに会える日を、楽しみにしています。
そんなお決まりの言葉を並べて先生が出て行ったあと、同級生とこの興奮を共有しようと思ったのに、さらりとかわされてしまった。
すごく面白かったのに。
中学に戻って数学の先生に話しても流されてしまった。
本当に面白かったのに。
誰とも気持ちは共有できなかった。
それがすごく寂しかった。
そんな最中、芽生えた思いが1つ。
あの先生に、もう一度数学を教わりたい。
あの学校に行きたい、ではなく、あの先生に。
学年が同じになるかも、入学したときにその先生がいるかも定かでないのに。
名前すらよく覚えていないのに。
頭のどこかではそんな理屈も残っていた。
けれど、他にどうすればいいのかもわからない。
あの高校に行く。
先生からも安全圏だって言われてる。
もっと上でも、と言う声を無視してそこを志望校にした。
流石に本当の理由は言えなかったから、「県トップの学校で下の方にいるより、そこそこの学校でトップでいる方がいい」という母の言葉を借りていた。
そうして勝ち取った推薦。
お前なら確実だ。どの先生もそう言ったし、自分でもそう思った。
なのに、私だけ落ちた。
私より成績も素行も微妙な人が受かったのに。
仲のいい友達で推薦を受けた子は、進路を決めたのに。
今から一般試験に向けて対策するのか。
実力を出せば。
そんなの、いつも出してた。
泣きながら帰って、母に報告するのが申し訳なかった。
もっと実力があればよかったのか。
面接のあの答え方が問題だったのか。
いっぱい考えた。
一日泣き明かして、切り替えようと思った。
そんなに簡単じゃなかった。
何も手につかなかった。
こんなんじゃ、受からない。
そんなのはわかっていた。
けれど、何もできなかった。
何のために頑張るのか、もうわからなくなっていた。
そうして迎えた一般試験。
ずっと手を動かしていた。
でも、もう無理だと思った。
あの時、こうすればよかった。
もっと勉強すればよかった。
帰ってからすごく落ち込んだ。
次の日に発表された模範解答を見るのが怖かった。
覚えてない、で自己採点から逃げた。
こっそりやって落ち込んだ。
そんな不安に満ちた中で卒業式を迎えた。
卒業式の次の日が合格発表で、受かった人だけ学校に集まることになっていた。
「明日、学校でね。」
そんな挨拶に怒りたくなった。
みんなは受かってるから。
私は大丈夫って、言わないで。
きっと大丈夫じゃない。
心から怯えながら迎えた合格発表。
母についてきてもらった。
少し早めに行って、張り出されるのを待っていた。
不安を紛らわそうとしてくれてるのか、いつも以上に母がおしゃべりだった。
私もいっぱいしゃべった。
張り出された直後は、人がいっぱいで近づけなかった。
少し人が減ったところに、母と二人でスルリと入り込んだ。
直後、携帯を取り出した。
自分の受験番号を写メった。
すぐに仕事中の父にメールした。
受かった。
あと一ヶ月したら、ここに自転車で通うんだ。
本当に、嬉しかった。
学校に行って、みんなの顔を見て、笑顔がこぼれた。
「また明日、学校で。」
その言葉通りになって、本当に良かった。
その後先生に渡された書類の中に、高校側が用意した「春休みの宿題」が入っててげんなりしたのはまた別の話。