恋愛奮闘記
私のマンションの前に着いた。
名残惜しく思いながらも立ち止まる。
「あ、じゃあ…ここで。送って頂いてありがとうございました」
「待って」
手首を掴まれた。
掴まれたと言っても、振りほどいたら簡単に離れる程度だ。
だけど私は振りほどく気はまったく無い。
「…俺が、初めて矢野さんの店に行った時のこと覚えてる?」
あれは夏が近付いている時だった。
色鮮やかに思い出せる。
私はその日、早坂さんに一目惚れしたのだ。
「…はい。覚えてます」
「あの日、俺があの店に行ったのは本当に偶然だったんだ。矢野さんがいることも知らなかったし、矢野さんとは完全に初対面だった」
真っ直ぐに私の目を見つめて話す彼の顔は、月に照らされてとても綺麗。
私も目をそらせない。
「…前にも言ったけど、俺は今までまともに恋愛したこと無かったんだ。理由は、俺が人を好きになれなかったから」
「うん、前に言ってましたね」
「昔からそうだったから、もう諦めてたんだ。俺は一生人を好きになれないと思ってたし、大恋愛なんてすること無いんだろって」