とある海賊に拾われまして
第1章
始まり
ある町にそれはそれは大金持ちの
貴族が住んでおりました。
紳士な父、寛大な母、何でも出来る兄、
そして美しい双子の娘。
その一家はとても仲が良く、
困っている人を見ればすぐに手を差し伸べる
心優しい一族です。
毎日が幸せ・・
一家は幸福で満たされておりました。
しかしある嵐の日、
長男坊であるティムが行方不明となったのです。
海中を探しても、
燐国を赴いても姿はありません。
一家は悲しみに暮れ、
5年の月日が流れました。
そして苦渋の決断で父も母も、
兄の捜索を打ち切りにしたのです。
『マリア、マーリン・・諦めておくれ。』
美しい双子の娘たちは、
奥歯を噛み締めてそれを見ていることしか出来ません。
そして決断するのです。
『マーリン・・私が探しに行く。』
『何を言っているの?マリア?』
双子の姉であるマリアが海に出ると・・。
チュン チュン チュン・・
穏やかな朝。
今日も町は活気に満ちている。
「マーリン!!
朝よっ!起きなさい!」
「ん~。
何事ですの?マリア・・。」
ベッドのなかにいる寝起きの悪い妹、マーリンはいまだにモゾモゾ布団をかぶろうとする。
「起きなさい!マーリン!
今日なのよ!私の出航日は!!」
「ハッ。
そうでしたわね、今起きますわ!」
ガバリ。
さっきまで布団を頭までかぶっていたのに、ボサボサな寝癖頭を露にして起き上がる可愛い妹、マーリン。
私と全く同じウェーブのかかった金髪色の髪の毛は、鳥の巣状態。
妹は昔から寝起きが悪く、完全に末っ子気質。
「マリア!」
「あら?
もう顔は洗ったの?」
「えぇ!
さっ、早く準備をしましょ?
寂しいけれど・・今日が最後のチャンスだもの!」
「フフフ。
そうね、私も寂しいけれどティム兄さんが
見つかれば帰ってくるわ。
懇情の別れではないもの。」
そう、今日は私、マリアが旅立つ日。
行方不明となったティム兄さんを探すために、私とマーリンはこそこそ作戦を考えていた。
そして今日が絶好のチャンス。
両親もお茶会で夜まで帰ってこないし、使用人の人数もいつもの半分以下。
出航出来るのはこの日しかない。
「あぁ・・
マリアの綺麗な髪の毛が・・悲しいわ。」
マーリンがゆっくり、かつ慎重に私の髪の毛にハサミをいれる。
ぱさり・・。
浴室には私の髪の毛がキラキラ輝いて涙のように落ちていく。
まるで別れを惜しむように。
「グスッ。
さっ、終わりましたわ。
これで髪型は完璧じゃないかしら?」
「ありがとう。マーリン。」
流れる涙を拭って、鏡のなかの私を見る。
「わぁ・・
首もとが涼しいのは違和感がありますわ。」
「それはそうです。
私たちは生まれてから、
髪の毛を短く切ったことがありませんもの。」
すうすうする首もとをさわりながら、かごに入っている洋服を手に取る。
この洋服はティム兄さんのクローゼットから引っ張り出したもの。
「・・そんなぼろくさい洋服、
着ない方がいいですわ!」
「仕方ないじゃない。
貴族とバレてはいけないもの。」
口を尖らせていじけるマーリン。
私はティム兄さんの香りが残る洋服に袖を通した。
「マーリン、完璧な男装だと思わない?」
「えぇ、どっから見ても男性そのものですわ!」
少しダボダボの白いシャツにセットアップの茶色いベストとパンツ、それに黒いブーツを履いてみた。
もちろんブーツは乗馬用のもの。
私にはこれしか持っていないのだ。
「あぁ、悲しいわ。
やっぱり嫌よ、マリア・・。」
「行かなければティム兄さんは見つからないもの。
大丈夫、必ず戻ってくるわ。」
私はジュエリーボックスに入っている金色のロケットを首にかけた。
なかにはティム兄さんが行方不明になる前に撮った家族写真。
写真のなかの私はそっくりな妹マーリンと無邪気に微笑んでいる。
このあと起こる不幸も露知らずに。
「じゃあ行ってきます。マーリン。
そしてオルコット。」
「あぁ、マリア!」
「・・必ず、見つけ出して帰ってくるから。」
「約束して?
生きて帰ってきて。」
最後にマーリンと強く抱き締めあうと、私は裏口から屋敷を出ていった。