のざとの丘
野里の丘



---生まれ変わったら何になりたい?



言葉に詰まって咄嗟に出てきた、

そんなありきたりな問いかけ。


途端に恥ずかしくなって、

真っ赤な顔で俯いて

---けれどじっと、

耳をすませて言葉を待った。



気まずくなって、笑ってくれてもいい。

呆れてくれてもいい。


何か少しでも言葉をかけてくれるのなら、

それで良かった。



あの人と交わせる言葉があるだけでも、


自分は天にも昇る心地だったから。



『・・生まれ、変わったら?』


けれど・・困ったようにそう呟いてから、

あの人は黙り込んでしまった。



取るにも足らない質問で、怒らせて

しまったのだろうか。


どうしよう。謝らなくちゃ。


焦って、どぎまぎして。舌がもつれる。

何か言わなくちゃ。どうにかしなくちゃ。


けど、何を言ったら?・・わからない。

どうしたらいいのか、何もかもわからない。


唇を噛む。焦燥と悔しさが

ないまぜになった、苦い味が広がる。


---自分はどうしてこう、うまくいかない。

うまくやれないのか。



『あ、あの!つまらない話をしてしまって』



慌てて顔を上げると、寂しそうな笑顔が

目に飛び込んできた。


あの人が時折見せる

---今にも泣き出しそうな、

胸をギュッと締めつけられるような微笑み。



『・・ああ。ごめんなさい。

  少し、思い出してしまって・・そうね』


どこか遠くを見ているような瞳で、

ぽつりぽつりと、言葉を紡ぐ。





『・・幸せな、幸せな人生だったわ。

  ひとつひとつ、噛み締めて生きてきた。

  本当にたくさんのものを神様が下さった。

 幾ら感謝しても足りないくらい、たくさん』


何かを思い出すように視線をさまよわせ、

消え入りそうな声で

「本当にたくさん」と呟く。



 『ひとりの人間の身に余るほど、

  幸福な人生だった。

  だから一度きりで充分。

  だからきっと・・もう

  いつ儚くなってしまっても悔いはないの』





けれど、と目を伏せる。長い睫毛がけぶり

映る感情を覆い隠す。




『もし生まれ変わって。やり直せるのなら』









----その時、あの人はなんと言ったのか。


覚えているはずなのに、

けして忘れるはずがないのに。

記憶に白く靄がかかって、

その先はわからない。


何度思い返してみても、


その一言だけがぽっかりと抜け落ちて。




ずっと、思い出せないでいる。

< 1 / 6 >

この作品をシェア

pagetop