のざとの丘
---私もね、自分の名前が嫌いなの。
泣きじゃくる僕に、優しくそう
言ってくれたお姉さんがいた。
『ほんと?』
ぐしぐしと目をこすり、顔を上げると、
慈愛に満ちた温かな瞳が
真っ直ぐにこちらを見ている。
思いがけず若くて綺麗な人で、
たちどころに頬が熱くなる。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔の自分が
なんだかとてもカッコ悪く思えて、
キッと眉を上げた。
『本当よ。だから、なんにも恥ずかしい
ことなんてないわ』
ふわりと、懐かしい香りが鼻をくすぐったか
と思うと----強い力で抱きすくめられる。
『・・おねえさん?』
お姉さんは答えないで、
ギュっと僕を抱きしめたまま、
背中をポンポンと小さく叩く。
優しくて、あったかくて、でも力強くて。
お母さんの腕ってこんな感じなのかな。
目をつぶって、そんなことを考えながら
されるがままにしていたら、
やがてお姉さんがゆっくりと腕を解き
僕から離れる。
瞼を上げてもう一度見た瞳は、
黒く濡れそぼっていた。
『-------君』
僕の大嫌いなその名前を、愛おしそうに
お姉さんが口にする。
普段は顔をしかめるはずのその音が響く
のを聞いた時、何故だか
鼓動が速くなるのを感じた。
少し眉を下げて困ったように微笑んだ後
今度はにっこりと晴れやかに笑って、
お姉さんは僕の手を取って、こう言った。
『私と、名前をとりかえっこしてみない?』