天然ダイヤとイミテーション・ビューティー ~宝石王子とあたしの秘密~
「いいから早く行きなよ。急いでるんだろ?」

「はい! ありがとうございます!」

「お客さん、負けるなよ!」


 空港に向かって走り出したあたしの背中に、運転手さんの威勢の良い声が追いかけてきた。


「絶対にあの男、逃がすんじゃねーぞ!!」


 …………。


「はいっ!!」


 大声で返事をしながら、あたしは両目が嬉し涙で潤むのを感じていた。

 うん!! 絶対絶対、逃がさないから!!


 息を切らし、道路を駆け抜ける。

 全力で突っ走るあたしの額から汗が流れ、目に入った。

 次々と流れてくる汗を腕でゴシゴシ拭う。当然、プレストパウダーだけのメイクは簡単に落ちてしまった。


 凄い形相で走り続けるあたしの顔に、渋滞に嵌った車の中からたくさんの視線が突き刺さる。

 見られてる。すごく注目されてる。

 スッピンの、しかも傷物の顔をさらした女。

 でも気にならない。そんなことはどうでもいい。

 どうでもいいんだよ! あたしにとってそんなことは、もうどうだっていいんだ!!


 目の前に空港が見えた時には、ゼエゼエ息が切れて心臓はバクバク波打ち、爆発寸前だ。

 足はフラフラして病人みたい。顔も背中も汗みどろでダラダラ。

 髪もボサボサ。たしか大学の学園祭のお化け屋敷で、こんなカツラ被ったっけ。

 呼吸困難で意識がすぅっと遠のく。


 も、もうあたし、走れ、ない。

 いや! 走れないなら急ぎ歩きだ! 競歩よ競歩! さぁ腰をひねろー!


 あたしは今にも倒れそうになりながら、正面玄関に向かって懸命に進む。

 当然ながら周り中から、ものすごい不審な目で見られてしまった。

 通報されて警備員に捕まったらどうしよう。捕獲されてる時間なんかないわ。
< 180 / 187 >

この作品をシェア

pagetop