天然ダイヤとイミテーション・ビューティー ~宝石王子とあたしの秘密~
 ご夫婦は顔を見合わせ、笑った。

 本当に仲が良いご夫婦だ。30年間の幸せに満ちた結婚生活の証、か。

 羨ましいな。生まれた時点から不運にみまわれたあたしには、手に入らないかもしれない。

 幸運な人達っているのね。現実に。


「だけど少しぐらいは奮発してやるぞ? 珊瑚婚式は迎えられない可能性もあるからな」

「嫌だわあなた、人様の前でそんな」


 ……珊瑚婚式を迎えられない?


「ああ、いえ、主人は胃癌を患っておりまして」

「今度全摘手術をするんです。その前に買ってやろうと思って来たんです」


 う……。


 あたしはご夫婦の笑顔を前にして、顔面が固まってしまった。

 が、癌? 胃の全摘手術って、かなり症状が進行してしまってるんじゃ?

 でもこんなに元気で明るくて幸せそうなご夫婦なのに、そんな深刻な……。


「お察しいたします。私の父も胃癌を患っておりますので」

「えっ!?」


 思わず栄子主任を振り返りながら叫び声を上げてしまい、慌てて口を閉じる。

 そんなの全然知らなかった! だって栄子主任、そんな事情おくびにも出さないんだもの!


「長い人生、色々あるのよ聡美ちゃん」

「そうよお嬢さん。この30年の間にもずいぶん色々あったしねぇ。あなた」

「おー、なんだかチクチクと刺さってくる口調だな、おい」

「ええ、泣かされましたからね。ここぞとばかり仕返しです」


 澄んだ声で笑うご夫婦と栄子主任。

 あたしは、言葉も無くただ見ている事しかできない。
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