恋ごころトルク
お客さんにお弁当を渡すと、少し客足が途切れる。時計を見て、カウンターを拭き、三角巾を直した。
エプロンのポケット。名刺の硬さが指に触れる。取り出すと、青地に白文字。よく見ると黄色で縁取りされている。看板もそうだったかな。
「きりたに、こうたろう……」
携帯番号も印字されている。ショップで渡されてる、仕事用の携帯だろうけど。
「……えへへ」
なんとも言えないくすぐったい気持ち。こんな気持ちも久しぶりかもしれない。
自動車学校へ入校したら、光太郎さんがお弁当を買いに来た時に知らせよう。ちょっと、自分の用事だけでミナセに行くのはちょっと……。なにを聞いたら良いか分からないし。あ、お客さんだ。
「いらっしゃいま……」
帰ったと思っていた光太郎さんが戻ってきた。名刺見てニヤニヤしてる時じゃなくて良かった。なになに、なんか今日はすごい日。
「わわ」
「言い忘れた」
ヘルメットとお弁当を掴んだままで、なにやら手でジェスチャーをしている。後ろから別のお客さんが入ってきた。ああ、タイミングが悪いというかなんというか……。
「バイクの練習、良かったらつき合うから」
「え」
「店の裏で練習しよう」
「ハ、ハイ」
あ、あの……。やばい、泣きそうだ。今夜、夜泣きするかもしれない。練習までつき合ってくれるなんて。なんて良い人なんだ……。
「すいませーん、注文良いですか?」
「はい、いらっしゃいませー!」
「じゃーね」
ああ、なんかゴチャゴチャした最後になっちゃったけど……嬉しい。ビジネスライクでも嬉しい。でも、いま感動に浸っている暇なんか無い。あたしはお弁当を捌かなくてはいけない。
「光太郎さん!」
サクラクックを出ようとしていた光太郎さんは、あたしの声に、振り向いた。霧谷さんと呼ぶか光太郎さんと呼ぶか迷っていたけど、心でずっと勝手に呼んでいたから。光太郎さんって。
「ありがとうございます」
あたしは手を振った。きっと顔は赤かったと思う。光太郎さんが持ち帰ったナポリタンの赤よりきっと濃いと思う。光太郎さんも手を振り返してくれて、そして帰って行った。