恋ごころトルク
*
「看板の電源、落としました」
「ありがとう。もう上がっていいですよ」
奥さんがフライパンを洗いながら、あたしに言う。
「雨降ってるし、自転車大丈夫か?」
奥さんが洗ったフライパンを、店長が受け取る。今日も仲良しだ。
「はい。歩いて帰ろうかと思ってて。置いて行きますね。明日買い物がてら、取りに来ます」
明日はお休みだった。でも、店は営業している。邪魔にならないように、朝のうちに歩いて取りに来なくちゃ。自動車学校もあるんだ、明日。
「その方が良いかも。傘差して走っちゃ危ないから」
「じゃあ……お疲れさまでした」
エプロンと三角巾をバッグに突っ込み、スマホを取り出す。終わったら電話してって言ってた。良いよねしても。
光太郎さんが帰ってからのあたしは、上の空でずっとふわふわしてた。地に足が着いていない感じがして……。子供じゃあるまいし。こんなことで浮き足立つなんて。
今まで、恋をしたことが無いわけじゃないでしょうに。
雨は音を立てて降っている。置き傘のビニール傘を持って、外に出る前に電話をしよう。
光太郎さんの番号……タップして、発信。トゥルルル、トゥルルル……。
「はい、もしもし」
光太郎さんはすぐに出た。
「こ、こんばんわ。木下です……」
「お疲れさま。終わったの?」
「はい。終わって、いま店から出たところです」
光太郎さん、いまどこに居るんだろう。お仕事は終わったんだろうか。
「店の前に車を着けるから。ちょっと待ってて」
「はい……」
電話が切れた。
車? 光太郎さん車に乗ってるの? バイクショップ勤務だからって車に乗っておかしいわけじゃないけど。
仕事が終わって、近くに居るんだろうか。あたしは傘を開いて、雨の中に出た。
サクラクックの裏口から出て、店の正面に回る。商店街を通る道路を車が行き交う。雨に濡れた地面はヘッドライトの光を反射して、同時に濡れた音を出していた。
どっちから来るかな。左右交互に安全確認をするみたいに見ていると、白い色の大きな車がハザードを出してゆっくり止まった。運転席に居るのは、光太郎さん。
「あ……」
私服。黒いポロシャツを着て、運転席で軽く手を挙げた。あたしはちょっと頭を下げて、傘を閉じる。乗って良いんだよね……。傘を閉じて、外から助手席を指さした。光太郎さんが頷いたので、ドアを開けて乗り込んだ。少し雨に濡れてしまった。