恋ごころトルク

「すみません、なんか……」

「自転車は?」

「置いてきました。雨が激しいから」

「自転車、積めるけど。明日の出勤、大変だろ?」

 自転車を積むって……あたしは思わず後部座席を見る。確かに、座席を倒せば自転車を積めそう。

「あ、いいえ、大丈夫です。明日お休みなんです。バスも通ってるし」

 たとえば明日、休みじゃなくても、自転車まで積んで貰うわけにはいかないな……雨が降ってるし、そこまでして貰ったんじゃ、悪い。良いんだ。ここまで歩くのだって、運動になるんだし。

「そう。じゃあ出るけど」

「はい」

 スルリと走り出す車。助手席で揺られながら、右側に感じる光太郎さんの熱。
 車内は綺麗にされていて、ゆったりと座ることができた。あんまりじろじろ見られないけれど。なんの香りだろう。とても良い匂いがする。車の芳香剤か、それとも光太郎さんの匂いか。

「光太郎さん、車に乗るんですね」

 あまりスピードを出さずに走ってくれているのか、優しいハンドル捌き。その腕を見ながら、話しかけた。

「なんでよ、おかしい?」

「いいえ、でもなんか不思議な感じ」

「バイクの仕事してたって車に乗るさ」

 バイク、赤いつなぎ、オイルでちょっと汚れてて、そういうイメージを持ってるあたしには新鮮だ。黒いポロシャツ、デニム。そして車を運転している。

「なんて車ですか?」

「オデッセイ」

「ああ、CM見たことあります」

「これはすげー昔のだよ。中古の安いやつだし。たしか40万とかだったかな」

 そんなもんなんだ。中古だとあるんだなぁ。バイクの方が高くないですか……?

「ナビしてね」

「はい」

 国道に出て、そこからあっち入ってこっち通って、説明しながらあたしのアパートへ向かう。ナビは良いとして、会話をしなければ……。運転の邪魔かな。いや、でも、道案内だけで終わってしまう。せっかくふたりきりなのに。

「今日、お仕事は早く終わったんですか?」

 自転車で走ればすぐの道のりなんて、車だったらあっと言う間だ。

「どうして」

「つなぎじゃないんで……」

 仕事終わりで着替えたのかもしれないけど。私服なんて新鮮だ。初めて見る、つなぎ以外の姿だもの。

「夕方までだったから、終わって、1回帰ったから」

「そうなんですね……」

「……」
「……」

 会話、終わっちゃったじゃないか! なにか話そう。なにか、なにか。


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