秘密が始まっちゃいました。
「日冴ちゃん、ほらここよ」


おばちゃんは私の涙に気付かず、先に立って料亭に入っていく。

私は、後ろ髪を引かれながら、料亭の玄関に続く。
彼はきっとまだ私を見ているはずだ。

荒神さん……。


*****


少人数向けの個室は畳敷きの和室で、いかにもお見合い会場でございといった雰囲気だった。

あちらのご紹介者は会社の上司の様子。
先着してお部屋にいたものの、当のお見合い相手本人はまだ到着していない。


「あいすいません。もうじきに着くとは思うのですが……」


上司と思われる初老の細身の男性は汗を拭きながら、携帯電話を取り出し廊下に出る。
確かにそろそろ時間だけど相手の姿は見えない。


「いいんですのよ。土日はこのホテルの前、道が混むから」


好子おばちゃんが余裕を見せて廊下に向かって呼びかける。


「ねえ、日冴ちゃん。時間はたっぷりあるものねぇ」


私に向かって同意を得ようと話しかけるおばちゃん。私はその顔を凝視した。
心は決まっていた。

上司の男性が入室してくる。
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