この幸せをかみしめて
でき上がった朝ごはんの一人分を、保温機能つきのランチジャーに詰め込む。
それは、敏三の分だった。
敏三の家では、主食は米だ。
昼や夜なら、餅やうどんなどになることもあったが、朝は米だった。
今朝は、ジャコと大根の葉を刻んだものを炒めて、軽く醤油で味付けしたものを、炊き立ての白米にさっくりと混ぜてみた。
味噌汁の具は、白菜と油揚げ。
やわらかくては甘い白菜が、たっぷりと入っている。
食べ応え十分な味噌汁だ。
おかずは三品、作った。
小松菜とベーコンの卵炒めと、蕪と豚の肉団子の煮物、牛蒡と人参のきんぴらだ。
他に、喜代子特製の白菜の漬け物がある。
ピリッと鷹の爪が利いている。
煮物ときんぴらは前の晩の残り物だが、他のものは起きてから作った。
特に味噌汁は、絶対に、毎食毎に作る。
汁物だけは、作りたてのものを飲ませてくれというのが、敏三からの唯一の要望だった。

ボボボボと、聞きなれたエンジン音が、外から響いてきた。
その音は、敏三と喜代子の帰還の知らせだ。
麻里子は朝ご飯を詰め込んだそのランチジャーを持って、納屋へと向かった。


敏三の畑は、家の前を通る道路の向こうにあった。
十分に歩いている距離だが、朝は収穫した野菜を家の庭先にある納屋まで運ばなければならないので、軽トラックで乗りつける。
今、敏三の畑で収穫の最盛期を迎えている主な野菜は、ブロッコリーと小松菜、ほうれん草、蕪と葱だった。
その中でメインとなっているものは、ブロッコリーらしい。
それは畑にある三棟のビニールハウスの中で作っていると、喜代子が言っていた。
カリフラワーも、わずかだが作っているらしい。
他の野菜は露地栽培しているようだった。

大根や白菜などの大物は、年寄り二人の作業なので控えていると、敏三が漏らしたことがあった。

敏三の畑で作っている野菜の主な出荷先は、村にある二つの直売所と、村から少し離れた場所にある道の駅、それから契約している飲食店だ。
朝摘み野菜のサラダが食べ放題のバイキング付きのランチが売りだというその飲食店は、となり町にあった。
この時期は、生でも食べられる小松菜も意外に人気があるそうだ。

喜代子が直売所と飲食店に、敏三が道の駅に、それぞれ野菜を持っていく。

その道の駅は、朝の八時半に開く。
それまでに、商品を搬入し並べなければならない。
並べる場所には誰が何処という決まりはなく、早いもの勝ちで埋まっていく。
だから、皆、早い時間から店の前に並び、少しでもいい場所に自分の商品を並べようとする。
そういうこともあってか、敏三の家では、道の駅に並べる野菜の出荷作業を優先し、それが終ると、敏三はランチジャーを持って家を出て行く。
そして、道の駅の駐車場に止めた車の中で、朝ご飯にありついていた。

直売所に持っていく野菜の量は、それほど多くない。
だから出荷のための作業にも、さほど時間は掛からなかった。
飲食店にいたっては、箱に詰めていくだけで大丈夫だった。
直売所の開店時刻は、一つは道の駅と同じく八時半で、一つは九時だ。
早いほうが家から近い直売所なので、喜代子のほうが敏三よりも、時間に余裕があった。
だから、喜代子は一通りの作業を済ませると、麻里子が待つ母屋に戻り、一緒に朝ごはんを食べた。
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