この幸せをかみしめて
敏三の作るブロッコリーは、甘みが強く旨いと評判らしく、道の駅に出したものは、ほぼ毎日、完売しているそうだ。
あまり人気のないカリフラワーも、敏三が出すカリフラワーはだけは、すぐに売れてしまうと言う。
喜代子に言わせると『トシくんの野菜は、なんでもおいしいんだよぉ』だそうだ。

直売所のほうも、平日はそれほどの来客はないが、土日ともなると新鮮な野菜を求めて遠方からやってくる客も多く、街中のスーパーマッケットよりも格段に安いと、皆、喜んで買い求めていくらしい。
 
敏三も喜代子も自分たちの仕事のことは、あまり麻里子には話さない。
麻里子も農家の仕事を語られても、正直、判らないし興味もないので聞かない。
その代わりと言ってはなんだが、村に住む話し好きの老人たちが、尋ねてもいないのに敏三と喜代子のことを麻里子にあれやこれやと語って聞かせた。
だから、否応なく二人の畑仕事についても知ってしまった。
 
そんなに美味しいというのなら、一度くらいは食べてみたいと思ってはいるのだが、売り物を食べさせてというのも気が引けて、麻里子はその味を未だに知らない。
けれど、美味しいことは食べなくても判った。
祖父母の家には、庭の中に小さな畑があった。
それは、敏三たちが食べる野菜を作っている畑だった。

―野菜は、ここのもんなら、なにを使ってもいいよぉ。

麻里子が母に連れられて、この家にやってきた日。
さっそく、約束通り夕飯を作ろうと台所に立った麻里子を表に連れだすと、喜代子はそう言って畑を指さした。
家庭用の畑と言うこともあって、そこにはいろんな野菜が、少しずつ作られていた。
驚いたことに、麻里子がここに来たばかりのころは、パパイアの木まで植えられていた。
さすがに南国ではないので、霜が降りるようになると枯れてしまったが、青いパパイアの実を食べてみたいと喜代子に言われ ー作ってはみたものの食べ方が判らず、ひとつも食べていないのだと言うー 携帯電話でレシピサイトを検索しまくり、サラダにスープ、きんぴら、チャンプルーなどなど、いろいろと作りまくった。
よもや、料理のレパートリーにパパイア料理なんてものが追加されるなんてねえと、パパイアの皮むきにも慣れたころ、そんなことを麻里子は考えしみじみとなった。
そんなふうに、一般的なものから少し変わったものまで、季節に応じていろいろと植えられているその畑の野菜は、形は不ぞろいで見た目はあまりよくないが、味は抜群だった。
麻里子が今まで食べていた野菜など、実は野菜の形をした紛い物だったのかと思ってしまうほど、野菜そのものの味がぎゅっと詰まった、そんな野菜だった。
だから、旨いと評判のブロッコリーも、絶対美味しいに違いないと、麻里子は思っている。

その家庭用菜園から、毎朝、必要な分だけ野菜を摘み取る。
今日も、身を切るような寒さにかじかむ手で、慣れない鋏を使い、悪戦苦闘の末、寒さにあたって甘みの増した大きな白菜を摘み取った。

夜明け前の空の下。
澄んだ空気を思い切り吸い込んで、考えてみれば、贅沢な暮らしだよねと、麻里子はふとそんなことを考えた。
食うに困らないだけでもありがたいのに、毎日毎日、今までの暮らしでは食べることもできなかった新鮮でおいしい野菜を、好きなだけたっぷりと食べられる。
ぜいたくこの上ない生活だ。

(あたしのような人生の落伍者が、こんな贅沢、していていいのかねえ)

今にバチでもってあたるじゃないだろうかなどと考えて、沈みそうになった気分を吐き出すように、麻里子は空に向かって息を吐いた。
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