この幸せをかみしめて
年が明けて間もないころから、麻里子は蕎麦屋でのアルバイトを始めていた。
小遣いの面倒はみないときっぱり言い放ったその言葉に違うことなく、祖父母からの金銭的な援助は一切なかった。
もしかしたら、母親の手前、厳しいことを言っただけかもなどと言うそんな甘い期待は、すぐに吹き飛ばされた。
食べることには困らなかったが、麻里子が自由にできるお金は、わずかな自分の貯金だけだ。
それも働くことなく使っていれば、いずれ底を付く。
いざというときにお金がないと言うことが、どれほどの不安をもたらすか。
父親に勘当されて以来、いやと言うほどその不安を味わってきた麻里子は、残高が減っていく通帳を前に、ようやく、どうにかしなければとその重い腰を上げたのだった。
―アルバイト。募集しているソバやがあるよぉ。行ってみるかぁ?
麻里子から、いずれ働き口を尋ねられることを予想していたかのように、相談も持ち掛けられた喜代子は考える様子も見せずそう答え、ホール係を募集している蕎麦屋のことを、麻里子に教えた。
そして、麻里子は蕎麦屋で働くことになった。
麻里子が働くその蕎麦屋は、村を北と南に分断している山を少しばかり登ったところにある、村の中では一番大きな蕎麦屋だった。
月曜日と火曜日が定休日になっているその店で、水曜日から日曜日までの五日間、麻里子は働いていた。
時間は十一時から十五時。
休憩なしで四時間。
店が一番忙しい昼時のみのアルバイトだ。
正直なところを言えば、麻里子は週に五日も働きたくはなかったのだが、時給が信じられないほど安かった。
週に二日や三日のアルバイトでは、ロクな稼ぎにならなかった。
―このあたりの相場は、もっと安いわよ。あの店は、ここらでは高いほうよ。
―となり町なら、もう少し良い条件のバイト先があるだろうけど。
―でも、自転車で通えないでしょ? だったら、そんな贅沢は言わないの。
履歴書を書いて蕎麦屋を訪ね、そこで聞かされた時給に驚いて帰ってきた麻里子に、したり顔でそう言い諭したのは、この村に住むただ一人の従姉妹、香奈子(かなこ)だった。
小遣いの面倒はみないときっぱり言い放ったその言葉に違うことなく、祖父母からの金銭的な援助は一切なかった。
もしかしたら、母親の手前、厳しいことを言っただけかもなどと言うそんな甘い期待は、すぐに吹き飛ばされた。
食べることには困らなかったが、麻里子が自由にできるお金は、わずかな自分の貯金だけだ。
それも働くことなく使っていれば、いずれ底を付く。
いざというときにお金がないと言うことが、どれほどの不安をもたらすか。
父親に勘当されて以来、いやと言うほどその不安を味わってきた麻里子は、残高が減っていく通帳を前に、ようやく、どうにかしなければとその重い腰を上げたのだった。
―アルバイト。募集しているソバやがあるよぉ。行ってみるかぁ?
麻里子から、いずれ働き口を尋ねられることを予想していたかのように、相談も持ち掛けられた喜代子は考える様子も見せずそう答え、ホール係を募集している蕎麦屋のことを、麻里子に教えた。
そして、麻里子は蕎麦屋で働くことになった。
麻里子が働くその蕎麦屋は、村を北と南に分断している山を少しばかり登ったところにある、村の中では一番大きな蕎麦屋だった。
月曜日と火曜日が定休日になっているその店で、水曜日から日曜日までの五日間、麻里子は働いていた。
時間は十一時から十五時。
休憩なしで四時間。
店が一番忙しい昼時のみのアルバイトだ。
正直なところを言えば、麻里子は週に五日も働きたくはなかったのだが、時給が信じられないほど安かった。
週に二日や三日のアルバイトでは、ロクな稼ぎにならなかった。
―このあたりの相場は、もっと安いわよ。あの店は、ここらでは高いほうよ。
―となり町なら、もう少し良い条件のバイト先があるだろうけど。
―でも、自転車で通えないでしょ? だったら、そんな贅沢は言わないの。
履歴書を書いて蕎麦屋を訪ね、そこで聞かされた時給に驚いて帰ってきた麻里子に、したり顔でそう言い諭したのは、この村に住むただ一人の従姉妹、香奈子(かなこ)だった。