この幸せをかみしめて
麻里子が付き合っていた男は、盛谷良二(もりたに りょうじ)と言う。
麻里子がまだ短大生だったころに、在籍していたサークルの先輩に紹介されて知りあった。
麻里子にとっては、初めての男から数えて、三番目となる男だった。
あまり愛想もなく、やや冷めたところがある男だった。
声を上げて笑ったり、はしゃいでいたりするところなど、ほとんど見たことがなかった。
麻里子の目には、それが『大人の男』に映った。
顔も、平均よりはやや良かった。
大卒と言う肩書きがある良二は、麻里子より四つ上だったが、麻里子と出会ったころから、定職らしい定職にはついていなかった。
けれど、なにかしらの仕事は、いつもしていた。
長いこと、無職のままでフラフラしているようなことはなかった。
俗に言う『職を転々』というやつだ。
それを地でいく生活をしている。
良二とは、そんな男だった。
その時点で、普通ならば、ろくでもない男だと気づきそうなものである。
けれど、男の言う『自分探し』という言葉の響きに、麻里子の目は曇った。
―実家を追い出されたから、ここに置いて。
それが当然だとでも言うように、転がりこんできた麻里子に対し、良二はきっぱりと言った。
―なんでもいいから、とにかく仕事しろ。
―家賃も食費も、電気代とかガス代とか水道料金とか。
―とにかく生活費は、全部折半だ。
―金が出せないなら、ここには置けない。
―出て行け。
良二の一方的なその主張に、それが恋人に言う言葉かと、麻里子は憤慨した。
働かないから家を追い出されてきたと言うのに、開口一番が「仕事をしろ」とは、あんまりにもあんまりすぎる言葉じゃないかと。
だが、良二のこれまでの暮らしぶりを考えれば、確かに、女を楽々と養っていけるような余裕はないことは麻里子にも判った。
なんせ、なにをするにしても二言目には「金がない」と言う男なのだ。
麻里子は、仕方がないと諦めるしかなかった。
腹が立っても、他に行く宛てもないのだから、仕方ないと思うしかなかった。
けっきょく、嫌々と言うか渋々と言うか、麻里子は良二の言葉に従い、アルバイトを始めることになった。
―家にいるうちから、そうしておけばよかったろうに。麻里子は、ばっかだなあ。
後に喜代子にそう言われたが、そのころの麻里子にとって、親というものは子どもを養っていくのが当然という存在だったのだ。
親元にいて、働く気になどなれなかった。
けれど、良二は違う。
麻里子を養う義務などはない。
良二自身も、きっぱりと、麻里子に対してそう言い切った。
そんな甲斐性のない男に惚れたのも、自分だ。
なぜか、惚れてしまったのだ、自分は。
仕方がないと、諦めた。
麻里子がまだ短大生だったころに、在籍していたサークルの先輩に紹介されて知りあった。
麻里子にとっては、初めての男から数えて、三番目となる男だった。
あまり愛想もなく、やや冷めたところがある男だった。
声を上げて笑ったり、はしゃいでいたりするところなど、ほとんど見たことがなかった。
麻里子の目には、それが『大人の男』に映った。
顔も、平均よりはやや良かった。
大卒と言う肩書きがある良二は、麻里子より四つ上だったが、麻里子と出会ったころから、定職らしい定職にはついていなかった。
けれど、なにかしらの仕事は、いつもしていた。
長いこと、無職のままでフラフラしているようなことはなかった。
俗に言う『職を転々』というやつだ。
それを地でいく生活をしている。
良二とは、そんな男だった。
その時点で、普通ならば、ろくでもない男だと気づきそうなものである。
けれど、男の言う『自分探し』という言葉の響きに、麻里子の目は曇った。
―実家を追い出されたから、ここに置いて。
それが当然だとでも言うように、転がりこんできた麻里子に対し、良二はきっぱりと言った。
―なんでもいいから、とにかく仕事しろ。
―家賃も食費も、電気代とかガス代とか水道料金とか。
―とにかく生活費は、全部折半だ。
―金が出せないなら、ここには置けない。
―出て行け。
良二の一方的なその主張に、それが恋人に言う言葉かと、麻里子は憤慨した。
働かないから家を追い出されてきたと言うのに、開口一番が「仕事をしろ」とは、あんまりにもあんまりすぎる言葉じゃないかと。
だが、良二のこれまでの暮らしぶりを考えれば、確かに、女を楽々と養っていけるような余裕はないことは麻里子にも判った。
なんせ、なにをするにしても二言目には「金がない」と言う男なのだ。
麻里子は、仕方がないと諦めるしかなかった。
腹が立っても、他に行く宛てもないのだから、仕方ないと思うしかなかった。
けっきょく、嫌々と言うか渋々と言うか、麻里子は良二の言葉に従い、アルバイトを始めることになった。
―家にいるうちから、そうしておけばよかったろうに。麻里子は、ばっかだなあ。
後に喜代子にそう言われたが、そのころの麻里子にとって、親というものは子どもを養っていくのが当然という存在だったのだ。
親元にいて、働く気になどなれなかった。
けれど、良二は違う。
麻里子を養う義務などはない。
良二自身も、きっぱりと、麻里子に対してそう言い切った。
そんな甲斐性のない男に惚れたのも、自分だ。
なぜか、惚れてしまったのだ、自分は。
仕方がないと、諦めた。