この幸せをかみしめて
麻里子もまた良二と同じように、職を転々と変えていたが、最初に取り決めた最低限の生活費さえ、毎月滞ることなく良二の口座に振り込んでおけば、麻里子がどれだけ仕事を変えようが、少しばかり遊んでいようが、良二はなにも言わなかった。

(そのうち、子どもでもできて、なんとなく結婚。そんなパターンかな)

二年、三年と、二人でそんな暮らしを続けていく中で、そんな未来を麻里子はぼんやりと思い描くようになった。

しかし、ある日、突然。

自分にはそんな未来はやってこないということを、否応もなく思い知らされる現実が、麻里子の身に降りかかった。

アルバイトを終えて帰宅すると、二人で暮らしてきたその部屋から、運び出すことが可能な良二の荷物と電化製品が、全て、消えていた。
いろんな物が消えて、がらんとしている様子の部屋に、家を間違えたんだわと、そんな現実逃避をしてしまったくらい、それは麻里子にとって、それは想像もしていなかったできごとだった。
残されていた置手紙には、今月いっぱいはこの部屋に住んでいられると言った内容が、簡潔に書かれていただけだった。
携帯電話も、そのとき、すでに繋がらなくなっていた。
忽然と、良二は麻里子の前から消えた。

いったい、なにが起きたというのか。

訳が判らないまま、なんとか捕まえた良二の数少ない友人からの証言で、麻里子はようやく事の事態を理解した。

驚いたことに、良二は半年ほど前に、宝くじで一等を当てていたのだという。
そして、その配当金で密かにマンションを買い、かねてから結婚を考えていた女性と、そこで暮らし始めていると言うのだ。

(宝くじ? 一等? 結婚を考えていた女? なに、それ? なに、それ? なに、それ?)

寝耳に水のその話に、困惑を隠せない様子の麻里子に向かい、男は面倒そうに話を続けた。

―マリちゃんさ。あいつに女がいたこと、ホントに、気づいていなかったの?
―マリちゃんが転がり込んできて、生活費が半分でよくなっただろ。
―楽になったみたいなこと、あいつ、言ってたよ。
―その浮いた金で、彼女と飯を食ったり、映画に行ったりしていたんだよ。
―ホントに、気づいていなかったの?

まるで、そのことに気づけなかった麻里子のほうにその非はあるとでも言いたげな、そんな口ぶりだった。
さすがに、麻里子もそれには腹が立ったが、その男に当たったところで、どうしようもなかった。
せめて、会って話しがしたいとその男に訴えて、良二と連絡を取ってもらおうとしたが、ダメだった。
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