この幸せをかみしめて
―会って、どうするの?
―あいつに、お金を騙し取られでもしたの?
―それとも、借金の肩代わりでもしてるの?
―結婚の約束とか、していたの?

そう聞かれ、麻里子はなにも言えなくなった。
そんなことは、なに一つ、ない。
三年近くも一緒には暮らしてきたが、その間、結婚の『け』の字ですら、良二は口にしたことはなかった。
お金とて、良二が麻里子に要求したものは、きっちり半分の生活費だけだ。
毎月、その詳細を、良二は麻里子に説明していた。
良二が部屋から持ち出したものも、全て、良二の持ち物だ。
電化製品のそのほとんどは、良二が買い揃えていたものだし、麻里子が買ったものは全て、部屋に残されていた。
バースディプレゼントだと言って、麻里子が贈った電気シェーバーですら、良二は律儀にも部屋に残していった。
そこに、麻里子に対する強い拒絶が感じられた。
思い返してみれば、知り合ったころから、良二はお金に対してきっちりしていた。
外食は常に割り勘だったし、コーヒーの一杯ですら、麻里子に奢ってくれたことなどなかったように思える。

―そもそも、マリちゃんと良二って、ホントに付き合っていたの?
―態のいい、ルームメートだったんじゃないの?
―と言うか、家政婦か? エッチの世話もしてしれる。

ニタニタと笑い、にやけた声で告げられたらその言葉は、麻里子にとって、止めの言葉だった。
もちろん、自分は良二と付き合っているつもりだった。
けれど、良二の気持ちを確かめたことがあったのかと聞かれると、自信がなかった。

(そもそも、あたしたち、どうやって付き合いだしたんだっけ?)

数年前の記憶を呼び起こし、麻里子はそれを必至に思いだした。

(ああ。映画だ。好みが似ていて、一緒に観に行こうって話になって)
(料金が安くなるからって、カップルデーがいいなって)
(そっか。それで、付き合っている気になっちゃったのか、あたしだけが)

それを思い出したら、もう笑うしかなかった。デートだと思っていたその映画ですら、代金はいつも割り勘だった。

キスもした。
セックスもした。
でも、それを最初にねだったのは、自分だったような気がする。
良二は、ただそれに応えていただけだった。
そんな気が、する。
未来の話など、麻里子と良二は、一度もしたことはなかった。

その幕切れに、涙すら、麻里子の目には浮かばなかった。
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