この幸せをかみしめて
とりあえず、そんなこんなの結果、麻里子は良二と暮らしていたアパートを、立ち退くことを余儀なくされた。
全く想定していかなかった事態に、麻里子は困り果てた。
働いていたとは言え、自分一人で部屋を借りて暮らしていけるような蓄えなど、麻里子にはなかった。
始めて二ヶ月になるデータ入力のアルバイトも、職場の人間関係で躓いて、けっきょく、あと三日働いたら辞めることを決めてきてしまったところだ。
自分を養う働き口すら、すぐになくなってしまうのだ。
頭を抱えて、ため息を吐く以外、麻里子にできることはなかった。

(今度こそ、本当に困ったわ)

二進も三進も行かなくなったその状況で、考えて考えて考えた末、麻里子は母親に頼った。

勘当され家を追い出されてからいうもの、麻里子は父親と兄には会っていなかった。
しかし、母親だけは、こっそりと、麻里子を訪ね、会いに来てくれていた。
帰り際には、ごく僅かな金額だったけれども、麻里子に小遣いを渡していた。
甘いと言われても、母親にとって、子どもはいくつになっても子どもなのだ。
生活に困っていやしないかと、心配だったのだろう。

良二の件を伝えると、最初のうちこそ、母親は良二に対して怒りも顕にしていた。
もともと、母親は良二を良くは思っていない。
だから、遠慮の欠片もなく、罵りの限りを尽くして罵った。
しかし、最後には、そんな男を選んだのは自分が育てた娘で、そして今の状況は、その娘の甘えた考えが元凶なのだと泣いた。
母親の涙に、さすがに麻里子も申し訳なさを覚えた。
それでも、その母親が落ち着くのを待って、父親を説得してなんとか家に帰れるようにしてほしいと、麻里子は手を合わせて母親に頼み込んだのだ。

―ちゃんと、働くから。
―今さら、正社員なんて無理だけど。
―ちゃんと、働くから。

娘の懇願に、しかし、母親は頷かなかった。
間が悪すぎたのだ。
兄が、長年交際していた女性との結婚をようやく決めて、それに合わせて、住み慣れたあの家を二世帯住宅に建て直すことを、父親と兄は決めたばかりだったのだ。
そのときですら、二人の口から、麻里子の名が上がることはなかったと言う。
だから、麻里子が戻ることは難しいと、母親は首を振った。

(万事休すって、やつ? どうしようね?)

麻里子は少しだけ、罪もない天を呪った。
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