この幸せをかみしめて
母親の言ったとおり、喜代子は捻挫していたが、それは足首ではなく手首だった。
まだ左の手首には包帯は巻かれていたが、もう、完治しているに等しいくらい、そのケガは回復していた。
少なくとも、日常生活にはなにも支障をきたしていなかった。
麻里子の介助など、全く必要がなかった。
けれど、母親に連れられてはやってきた、派手に髪を染めている孫娘を、喜代子は「よく来たなぁ」と言って古くて大きなその家に嬉しそうに招き入れた。
―料理はできるか?
ほどなくして、午前中の畑仕事を終えて戻ってきた敏三が、麻里子を前にそう言った。
厳めしい顔つきの敏三を前に、麻里子は滅多にすることのない正座をして、こくんと一つ、頷いた。
―掃除と洗濯もだ。
―家のこと、やれるか?
敏三の言葉に、麻里子はただただ頷くだけだった。
小麦色と言うには無理がある、深い茶色の肌をした敏三は、子どものころの印象よりも小さくなって、シワシワの顔になっていた。
喜代子に至っては、麻里子の胸元あたりが頭の位置だった。
こんなに小さい人だったかと、顔を合わせたときに驚いたくらいだった。
―飯は食わせてやる。
―それくらいの甲斐性は、ある。
頷くだけの麻里子に、敏三はやれやれと言うように盛大に息を吐き出してから、そう言葉を続けた。
―ただし、好き嫌いは許さん。
―それから、小遣いの面倒はみれんからな。
―小遣いくらいは、自分で稼げ。
―それが、ここにおいてやる条件だ。
どうやら、喜代子の怪我は口実で、行く当てのない娘のために、母親が両親に頼み込んだのが、麻里子がここに連れられてきた真相らしい。
そこにいたってやっと、真理子はそれに思い至った。
麻里子は判ったというように、また、こくりと頷いた。
そうやって、まじめな顔つきで麻里子と向き合っている敏三の傍らで、喜代子はなにも言わず、のほほんとした顔でお茶を飲んでいた。
(あたしののん気さは、ばあちゃん譲り、か?)
神妙な顔で敏三の言葉を聞いていた麻里子が、喜代子を見てそんなことを考えていると、おもむろにその喜代子が口を開いた。
―麻里子、ちゃんと言葉で答えぇ。
―返事はな、ちゃんと口にせえぇ。
厳しくはないが、しみじみと言い諭す喜代子に、麻里子はパチパチと瞬きをして、やっと口を開いた。
―判った。
―やる。
―できる。
―大丈夫。
味も素っ気もない孫娘の言葉に、それでも敏三も喜代子も「そうか、できるか」「そんなら頼むな」と言って笑った。
こうして、麻里子は祖父母も元に身を寄せることになった。
まだ左の手首には包帯は巻かれていたが、もう、完治しているに等しいくらい、そのケガは回復していた。
少なくとも、日常生活にはなにも支障をきたしていなかった。
麻里子の介助など、全く必要がなかった。
けれど、母親に連れられてはやってきた、派手に髪を染めている孫娘を、喜代子は「よく来たなぁ」と言って古くて大きなその家に嬉しそうに招き入れた。
―料理はできるか?
ほどなくして、午前中の畑仕事を終えて戻ってきた敏三が、麻里子を前にそう言った。
厳めしい顔つきの敏三を前に、麻里子は滅多にすることのない正座をして、こくんと一つ、頷いた。
―掃除と洗濯もだ。
―家のこと、やれるか?
敏三の言葉に、麻里子はただただ頷くだけだった。
小麦色と言うには無理がある、深い茶色の肌をした敏三は、子どものころの印象よりも小さくなって、シワシワの顔になっていた。
喜代子に至っては、麻里子の胸元あたりが頭の位置だった。
こんなに小さい人だったかと、顔を合わせたときに驚いたくらいだった。
―飯は食わせてやる。
―それくらいの甲斐性は、ある。
頷くだけの麻里子に、敏三はやれやれと言うように盛大に息を吐き出してから、そう言葉を続けた。
―ただし、好き嫌いは許さん。
―それから、小遣いの面倒はみれんからな。
―小遣いくらいは、自分で稼げ。
―それが、ここにおいてやる条件だ。
どうやら、喜代子の怪我は口実で、行く当てのない娘のために、母親が両親に頼み込んだのが、麻里子がここに連れられてきた真相らしい。
そこにいたってやっと、真理子はそれに思い至った。
麻里子は判ったというように、また、こくりと頷いた。
そうやって、まじめな顔つきで麻里子と向き合っている敏三の傍らで、喜代子はなにも言わず、のほほんとした顔でお茶を飲んでいた。
(あたしののん気さは、ばあちゃん譲り、か?)
神妙な顔で敏三の言葉を聞いていた麻里子が、喜代子を見てそんなことを考えていると、おもむろにその喜代子が口を開いた。
―麻里子、ちゃんと言葉で答えぇ。
―返事はな、ちゃんと口にせえぇ。
厳しくはないが、しみじみと言い諭す喜代子に、麻里子はパチパチと瞬きをして、やっと口を開いた。
―判った。
―やる。
―できる。
―大丈夫。
味も素っ気もない孫娘の言葉に、それでも敏三も喜代子も「そうか、できるか」「そんなら頼むな」と言って笑った。
こうして、麻里子は祖父母も元に身を寄せることになった。