この幸せをかみしめて
毎朝、携帯電話のアラーム音に、麻里子は叩き起こされる。
時刻は、午前五時。
室内でも、ふうっと吐きだす息が白いこの季節は、まだ外も暗い。
その薄暗さと寒さに油断してしまうと、二度寝と言う甘い誘惑をしかけてくる狡猾な睡魔と、麻里子は毎朝、全力で戦った。
一応、今のところ、その戦いは麻里子の全戦全勝だった。

こんな時刻に起きるような生活をすること自体、大人になってからの麻里子には初めてのことだった。
いや、学生のころですら、部活動などは全くしていなかった麻里子の起床時間は、午前七時近くだった。
我ながら、よく続くわーと、麻里子はここ最近、自分のこの早起きに感心していた。

朝から農作物の収穫期をしている敏三と喜代子は、午前四時には起き出していた。
そうして、身支度を整えると、温かいお茶を保温ポットに入れて、畑へと出ていった。

― 私も、なにか手伝う?

田舎で暮らすようになって三日目。
夕飯を食べながら、麻里子は敏三にそう尋ねた。
そんな麻里子の顔をちらりと見た敏三は、それはいいと首を横に振った。
使ったことはおろか、持ったことすらない農作業用の鎌や鋏で麻里子が怪我をしても困るし、農作物に傷をつけられても困るというのが、敏三の言い分だった。

―麻里子はいずれ、町に帰るだろぉ。だからな、畑の仕事は今まで通り、オレとトシくんだけで、やるよぉ。

敏三の言葉に続けて、喜代子もそう言い、麻里子の申し出をやんわりと断った。
言われてみれば、その通りだと、麻里子もそこは頷くしかなかった。
だから、その言葉に甘えることにして、最初の一週間は、陽が昇る時間までぐっすりと寝ていた。
けれど、冬の真っ只中に、まだ夜も明けないうちから働いている祖父母を思うと、自分だけがいつまでも、暖かい布団に包まってぬくぬくと寝ていることに、次第に気が引けてきた。
それぐらいなら良心は、ダメ人間のレッテルを貼られた麻里子であっても残っていたらしい。
敏三と喜代子に、ご飯を作るという約束もあった。
だから、出荷する野菜の収穫を終え、袋詰めなどの作業をしている庭先の納屋に二人が戻ってくる時間に合わせて、二人のための朝ご飯を用意することを、麻里子は自分に課した。
自ら課した。
怠け者の麻里子にとって、それはもの凄い決断で、それが、こんな時間の早起きに繋がっていた。
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