EXCAS
 淡く白い、
 暗く黒い、
 そんな空間に漂っていた。
 上も下も右も左もない。自分の感覚も足の先から消えていく。水の中に浮いているのではなく、宇宙空間に放り出されたわけでもない。
 自分という存在を見失う空間、そこに置き去りにされただけ。
 悪い夢を見ているようで、これは間違いなく現実。
 夢と自覚できた時点で、夢は醒めると聞く。
 なら、これは確かに現実だ。
 醒める事がない悪い現実。
 悪いと。この世界には何もない。なら、自分がなくても構わない。
 元より何も持たないトコロ。消えるのは当然で、悪い事でない。
 どうして、こんなに怖い。こんなに嫌だ。
 ――怖くて、あたりまえだよね――
 自分を亡くす、それは怖い。
 自分の視点、世界に留めておく命綱、自己が在るための第三の心臓。それが無くなる、それが消える。
 震えだすカラダ、
 凍えていくタイオン、
 からからに干上がるノド、
 他人事のように感じられるジブン。
 ふと、何かに絡まった。
 よく感じられなかった自分を、確かな自分として捉えられた。
 しかし、それのなんと窮屈な事か。針金に縛られたように四肢は軋み、真綿で首を絞められる息苦しみ、感じられた体温はまた冷えていく。
 はあ、と呼吸をすると身体が絞められ、
 はあ、と呼吸すれば何かが流れ込み、
 はあ、と吸い込んだ何かが体中に染み込んだ。
 どくん、どくん、どくん、どくん、と。
 心臓ではない何かが太鼓を叩く。
 祭りの囃子太鼓さえも小さく聞こえるそれと共に、白い何かが近付いて、
 ――それは、オレ?
 ――それは、おれ?
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