きらいだったはずなのに!

 右も左も、上も下も、方向感覚が狂ってなにもわからなかった。


 必死で手を伸ばして水中から出ようとするけど、水面がわからないからどうしようもなくなってパニックになる。


 え、あたし、もしかして溺れてる……!?


 頭は以外にも冷静だったけど、体は空気を求めて必死にもがいている。


 誰でもいいから助けてと腕を思いっきり伸ばした瞬間、あたしの顔は一気に水面に出て久々の酸素にむせ返った。


「ぶはっ! 死ぬかと思った……!」


「おいっ! 大丈夫か!?」


 げほげほとせき込むあたしの背中を優しくさする優しい手。


 その手の温かさに、呼吸がやっと落ち着いてくる。


 それまでぎゅっとつぶっていた目をあけると、目の前には筋肉質な胸がある。


 違和感を感じて下を見れば誰かの腕があたしの腰に回ってて、しっかりと体を支えてくれていた。


 その人とあたしの密着度は、百パーセント。


 焦って心配するようなミヤコちゃんと悠斗の声が周りから聞こえた気がするけど、あたしはこの状況に緊張せざるを得なかった。


 あたしをぎゅっと抱きしめて離さないでいてくれる、この人は、きっと——。


 ドキドキしながらそっと上を見上げれば、前髪を後ろに撫でつけてイケメン丸出しの桐島さんがいた。

< 201 / 276 >

この作品をシェア

pagetop