私の仕事〜逝かせる〜
トラさんは病室のベットで横になっている。

腫瘍性の疼痛のため麻薬を使いはじめたのだ。

そのため意識はもうろうとする事が多く眠っている時間も増えてきた。


「トラさん…」

私が小さく声をかけるとトラさんは目を開けこちらを見た。

「娘さんね、仕事が忙しくてなかなか来れないみたい。でもね、本当は会いたがってたよ?」

私はとっさに嘘をついてしまった。
こんなに日に日に弱っていくトラさんに本当のことなんて言えない。
トラさんは私の気持ちを察したのか穏やかに笑顔をつくってくれた。


「昔はね、結婚する相手は親が決めとったんだわね。だからどんな相手だろうと断ることはできなかった。私の夫はすごい暴力の人でね…何度殺されると思ったか。今みたいに簡単に離縁とかできない時代でしょう。だからね逃げるしかなかった。その自分もまだね10代で若くて自分を守るのに必死だった…だから3歳の娘を連れていく余裕もなかった…」

トラさんの目に涙がたまっている。

静かな病室で私とトラさん二人だけの時間が流れていた。

「本当に申し訳ないことをしたよ…何度も迎えに行こうしたけど夫やその姑達も嫁がでていったことが許せなくて会わしてもくれなかったよ…私の両親も早くに亡くなっとるから仲介になってくれる人もいなくてね…」

トラさんの涙は大粒になって溢れでている。

「私は極悪人だよ…」

私はただそっとトラさんに寄り添うしかできなかった。

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