(仮)




「……おいしい…」



素直に男に従い口を開くと、スプーンと共に中に入り込む温かいスープ。

野菜の甘みやら何やらが一気に口中に広がり、とにかく美味しかった。

生まれて初めて、こんなおいしいものを口にした気がする。



「…初めて喋ったな、お前」



男は喋れたのか、とでも言いたげな顔で私を見た。



「あ…ご、ごめんなさい…」



そうだったかな…
言われてみればそうだったかも。
一言も喋ってない。



「気にすんな。それよりうめぇだろ?なんたって俺特製だからな。ほら、食え」



男はニカッと白い歯を見せて笑い、ズイッとスプーンを私の口に運ぶ。


そうしてそれを何度も何度も繰り返す。


男が作ったスープは本当においしくて…

あったかくて……



「…おい」



男がスプーンを動かす手を止めた。


パタッ。


どうしたんだろう。

そう思ったとき、布団の上に置いている自分の手に雫が落ちた。


……え?

自分の手の甲には一滴の水が零れている。

ふと自分の頬に何かついている気がして触れると…水だった。


………私、泣いてるの?





< 5 / 10 >

この作品をシェア

pagetop