72年目のキス
居酒屋の仕事終わって 実家に電話。 誰も出ない。 母は一人で住んでる。


なけなしの1320円で実家に帰る。 820円で帰れる。 

電車の中でも電話してみた。 誰も出ない。 旅行にでも行ったのかな?

市営団地の4階に母は住んでる。いつかリッチになって母と一緒に 大きな家で住みたい。 今は、こんな俺だけど、いつか必ず、親孝行してやる。

ドアを開ける。 母の靴が見えた。 

そして 何かが腐ったにおい。 「かあちゃん!」  真っ暗な部屋奥まで進む。 電気つける。  腐敗した母を見つけた。 よく見ると床一面。 虫がたくさんいる。
母の白髪の中にも虫がいる。 

「かあちゃん!!」 うつぶせになっている母の肩をゆすってみる。 固い。 

線香をたく。 祈る。 警察に電話する。警察が来るまで、ただ母の亡骸の前で呆然と座り込む。  ごめんなさい。 言葉が出てくる。 ごめんなさい。 こんな息子でゴメンナサイ。

苦労かけてごめんなさい。 苦労しっぱなしの母は、一人ぽっちで死んでしまった。 

俺が悪い。 俺と違って真面目で、几帳面で、優しい人がなぜ こんな死に方をする? 
「もう二度と会えないんだね」 そう思うと 涙が出てきた。 これでお別れ?

市営団地の小さな部屋で 母一人 子一人で 生きてきたのに、これで もう会えないの?  こんなことってあるの?


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