レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
―閑話 ― ある執事の受難その4
「私、いつか帰ってくる。絶対、この屋敷に帰ってくるから――」
 彼女が、そう誓った日のことを、彼は昨日の出来事のように思い出すことができる。あの頃、彼はまだ十代半ば。大切に想っていた少女を守るにはあまりにも彼自身の力が足りていなかった。
 ヴァレンタイン・パーカーは、胸ポケットに収めた胃薬の瓶を取り出し、中の錠剤を三錠まとめて口に放り込む。
 たしかに、守りたいとは思っていたのだ。
 だが、暗黒大陸に渡った彼のお嬢様はあまりにも強くなり過ぎて帰ってきた。常識外れ、と言ってもいい。

「……何をお考えなのやら」
 彼のその言葉に返す者がいないもの承知でパーカーはつぶやいた。いっそ、レディ・メアリと一緒に暮らすように屋敷に放り込んでやろうか。彼にそんな権限などないのはわかりきっているのだが、あの娘はお尻を数回ひっぱたく程度ではおとなしくなりそうもない。
 だいたい、彼が胃薬常備になってしまったのは彼女が帰国してからのことだ。それまでは、貧しいながらも唯一残ったこの屋敷を守ることに専念することができていたのに。

「いてて……」
 誰も見ている者がいないのは確実だから、パーカーは遠慮なく胃を押さえた。
 先ほど、彼女は庭師見習いだのなんだの細々とした仕事をやっているロイを居間に招き入れていた。彼女の雰囲気からとてもよろしくない雰囲気を感じ取ったパーカーは、二人の話に割って入ろうとしたのだけれど、主の命令によって追い払われてしまった。
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