レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
「すぐわかるって。俺、普段から女装の男をよく見るから――舞台でね」
「……他の人も気づいたと思う?」
 今度はエリザベスがたずねた。くすくすとダスティは笑って、ハンドルを右に切る。
「たぶん、気がついたのは俺だけだよ。オルランド公爵も気づいてはいないと思う」
「……それならよかったわ」
 エリザベスは安堵の息をついた。

「もう一度聞くよ。どうして?」
「……別にいいでしょ」
 悪いことをしている自覚はあるから、つんと顔を横にそむける。そんなエリザベスの様子に一つため息をついて、ダスティは車を道ばたに停車させた。

「あの人は危険だ」
 車を停めたのに、エリザベスたちの方をふり返ろうとはせず、彼は言う。
 彼の言葉が何を意味しているのか、エリザベスにはまったく理解できなかった。
 
「……どうして? ただの貴族よ。危険というなら――あなたもよく知っているテレンス・ヴェイリーのほうではないの?」
「違うね」
 そこではじめてダスティはエリザベスへと視線を向ける。運転席から体を半分ひねるようにして。
 
「それは違うよ、リズ。オルランド公爵は危険だ。これ以上近づいてはいけない。テレンス・ヴェイリーでさえ、あの人に比べたら小物すぎる」
 エリザベスは言葉を失った。正直なところ、オルランド公爵の方がそれほど危険人物だとは思っていなかったのだ。
 
「そう、とても危険なんだ。だから、君が何のために彼に近づいたのか教えてほしい。そちらの彼もね」
「それは……」
 エリザベスは口ごもった。ダスティに何を伝えたらいいのかわからないのだ。
「――リズお嬢さん」
 本性を出して、だらしない格好で後部座席に座りなおしたロイが、意を決したように切り出した。
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