レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
「じゃあ、行ってくるわ」
 慎重にエリザベスは崖を登り始めた。縄にすべてを預けるのではなく、あくまでも補助的に用いるだけ。
 靴を脱ぎ捨てた足に小石が刺さり、声を上げそうになるのをこらえる。下で見ているロイにこれ以上心配をさせないように。

「リズお嬢さん、気をつけて!」
「集中力切れるから、下から声をかけないでちょうだい!」
 ――ここで、自分が転がり落ちたなら、すべてが無駄になってしまう。
 なんだかんだいっても、ロイは都会育ちだ。エリザベスまで動けなくなった後、彼に同じことをしろといってもまず無理だろう。
 慎重に、慎重に、進んでいく。

「ついたわ!」
 やがて、エリザベスがたどり着いたのは、見覚えのある場所だった。
「ちょっと待ってて、何とか医者を呼んでくるから」
 下に手を振ると、ロイが手を振り返すのが、ぼんやりと見えた。
 体のあちこちが痛むが、何とか歩き出す。

 幾度となく車で通った道のりだ。一番近い家がどこにあるのかもわかっている。その家を目指し、玄関の扉をノックした。
 出てきた執事は、エリザベスの格好を見てぎょっとした表情になった。
「……事故にあったの。お医者さんを呼んでください」
 事故にあった場所を伝えると、慌ててその家の使用人たちがかけだしていった。

 すぐにマクマリー家にも使いが出され、駆けつけたパーカーは眉間にしわを寄せて厳しい顔をしていた。
「お嬢様! いったいどういうことですか?」
 夜のうちに帰るはずのエリザベスが戻ってこなかったのだ。心配で一晩中、寝ることなどできなかったに違いない。
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