レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
「では、昼食後にお車を玄関に回すよう、トムに言いつけておきますので」

 エリザベスの命令をパーカーが伝えに行くのを見送ると、エリザベスは猛然と朝食のベーコンエッグにナイフとフォークを突き立てたのだった。
 
 午前中にあれこれと用事を片付け、午後にはダスティのいる病室を訪れた。

 昨日よりは彼の顔色もよくなっている。彼は、エリザベスのクリーム色のワンピースを見るなり「いいね!」と誉めてくれた。

「あなたが元気そうで良かった。骨折した腕は?」

「しばらくの間は動かせないだろうけど、大丈夫。君に目立った怪我がなくてよかったよ」

 そう言われると申し訳なくなってくる。エリザベスは眉尻を下げたけれど、これ以上彼の前で弱っているところを見せるわけにはいかなかった。

「腕をちょっと擦りむいたくらいだもの」

「それにしても。車の中の縄使って、上まで登ったんだって? 君って本当にやるよね」

「やだ——誰に聞いたの」

 エリザベスは赤くなった。大陸帰りであることを引け目に感じたことはないけれど、投げ縄を使って崖の上までよじ登るなんて、レディのすることではないことくらいわかっている。

「君の連れてきた子から。彼、いいね。よく気がきくし」

「あなたと同じような出身なの。行き倒れているところを私が拾ったというわけ」

 ふいに二人の間に沈黙が落ちた。本当は、こんな会話をしたかったわけではないし、それを二人ともよくわかっていた。
 
 意を決して、先に口を開いたのはエリザベスだった。

「ねえ、ダスティ。言いたくなかったら、いいの。でも……できるなら、教えてほしい。あなたは、なぜ、キマイラ研究会に入ったの?」

「わからない——」

「わからないわ」

「本当に?」

 真意を問われて、エリザベスは困惑した。一つ、答えがないというわけではないけれど、それが目の前のダスティとは結びつかなかった。

「もしかして、お金が欲しかった……?」

「あたり」

 ベッドに横たわったまま、彼はくすくすと神経質な笑い声をあげる。そんな彼の様子は、今までエリザベスが知っている彼とはまるで違っていた。
 
「でも、あなたはとても……その、人気があるし、お金に困っているようには見えないわ。車だって——」
< 179 / 251 >

この作品をシェア

pagetop