レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
「何もするな。関わるな。君みたいな女の子がうかつに近づいていい領域じゃない。僕は——もう遅すぎるけどね。一度足を踏み入れたら、抜け出すことはできないんだ」

 最後のほうはあまりにも細い声で切実で、エリザベスもそれ以上の言葉を失ってしまう。
 
「君が好きだよ、リズ——だから、君はもう関わっちゃいけない。懐中時計のことなんか忘れるんだ」

「ダスティ……」

「君の家に、僕のレコードを届けさせるよ。きっとそのうち、それほど遠くない日に僕はこの世から消え去る。組織についていけないと思ってしまったからね——だから、たまには君が僕を思い出してくれるように、君に僕のレコードを贈るよ」

 それからダスティはエリザベスに出て行くようにと手をふった。エリザベスは彼の上にかがみこんで、そっと額にキスを落とす。

 足音を立てないように注意して、病室から滑り出た。

「トム、車を回してちょうだい——ここに行って欲しいの。叔母様のお招きには少し時間があるから」

『レクタフォード十五番地』と告げながら、エリザベスは後部座席に乗り込んだ。

「ここは、治安がいいとは言えない場所ですよ、お嬢様」

「とまらなくていいわ。前を通るだけで。そこを経由すれば、メアリ叔母様のお招きにちょうどいい時間になるでしょう?」

 トムは嫌そうな顔をしたけれど、エリザベスの命令に逆らおうとするはずもなく、静かに自動車を発進させる。
 
 エリザベスは背もたれに背中を預ける。先ほど聞いたことはあまりにも重大すぎて、頭の中がいっぱいだ。

「君が好きだよ」というダスティの言葉を思い出したら、頬が熱くなる。彼の言う「好き」は友人としての好意以上でないことくらいわかっているし、彼女の方もそれ以上ではないはずなのに。

 家に帰るまでには落ち着かなければ。そうでないと、不自然な言動をしてしまいそうで、パーカーの疑惑の目を逃れることはできそうもない。

「お嬢様、そろそろ到着しますがどうするんですか」

 物思いにふけっている間に、いつの間にか車は目的地に近づいていた。
 
 そこは、どちらかと言うと雰囲気の良くない街並みだった。道のあちこちに酒場が点在している。肌もあらわな女性の看板がかかっている店は、いわゆる夜の商売というやつなのだろう。
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