レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
「私も……あなたが好きだったわ」

 好き「だった」、とエリザベスは強調した。今の気持ちなんかじゃない。

「舞台のあなたは大好きだった。あなたの声を聞くのが好きだった。ダスティ・グレンに会えると思ったら、胸がときどきした。夢じゃないかと思った。だって大ファンだったんだもの。それは嘘じゃないわ」

 今の発言通り、どきどきしていたのは嘘じゃなかった。
舞台のチケットを手に入れるためにどれだけ苦労したことか。
レコードだって、新作が出る度に朝一番で買いに行った。

恋をしていた、と言っては違うかもしれないけれど、それでも——自分の気持ちに嘘はつけない。

「さて、これからどうしようか? キマイラ研究会は恐ろしいところ、それは事実。秘密を知った人間は容赦なく処分してきた。近頃殺人が増えたというのは僕たちの手によるところも大きい——正直なところ、君は殺したくないけどね。秘密は守ってもらえるのかな?」

軽い口調でなされた提案。その提案に、乗ってしまいそうになる。
彼が抱えている孤独を、エリザベスも理解できないわけではなかったから。

どこにいても、誰といても。自分が、今いる場にいるのは間違っているのではないかと思う感覚を捨てられずにいる。

それは、貧民街出身のダスティと暗黒大陸育ちのエリザベスだからこそ、分かち合える感覚なのかもしれなかった。

「残念ね。その約束はできないわ。だって、見逃すわけにはいかないもの。でも——どこかであなたのしたことをどうにか肯定したい私がいるのも事実なの」

 そう、彼を見逃してしまいたくなる。間違っているとわかっていても、その感情は、甘くエリザベスを誘惑する。

うつむき、肩を震わせて、懸命にその誘惑にあらがう。

一瞬、誘惑に狩られそうになるエリザベスを現実に引き戻したのは、リチャードの声だった。

「——リズ」

 エリザベスの名を呼ぶ、その声はとても小さな声で。だけど、それで十分だった。

「来てくれて——ありが——ごめん——」

 震えていたエリザベスの肩が止まる。

一つ深呼吸して、一度かがみ込んだエリザベスがゆっくりと立ち上がった時には、その手に家を出る前に押し込んだ拳銃が握られていた。
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