オレンジの片想い
「...じゃあ俺、行くな」
数秒間沈黙が続いて、もうお互いに伝えたいことは伝え終わったのだと思った。それは蒼真の方も同じようで、彼がそう、先に沈黙を破った。
「うん」
かばんを肩にかけ、ドアの方へと向かっていく、その背中。
わたしは小走りで蒼真に追いつき、制服の裾を掴んで彼が教室を出ていくのを引きとめた。
足の動きを止めて、驚いたようにこちらを見下ろす蒼真に表情が見られないように、彼の背中に額をつけて、俯いた。
「....、ごめん。最後にもうひとつだけ」
蒼真は、何も言わずにわたしの言葉を待った。
震える唇を、精いっぱい動かして。
「好きだった、よ」
_____そう、好き"だった"。
この言葉を口にした瞬間に、この恋は過去の思い出として、心に染みをつくるの。
決して消えることのない、染みを。
蒼真が何か言う前に、わたしは裾を掴んでいた手で彼の背中を押した。
それを合図に、廊下に踏み込んだ足が再度動き出して、彼はこちらを振り向くことなく、小夏ちゃんの元へと駆けていった。
...蒼真の中のわたしという存在が、どうか綺麗に残れているといいな。
蒼真の姿が見えなくなったと同時に、我慢していたものが一気に噴き上げてきた。わたしはドアを閉め、それに凭れて崩れるように座り込んだ。
中学の頃と、まるで正反対。
あの時は、蒼真が"好きだった"と言った。今は、わたしが嘘を吐く番だったね。
一生に一度の初恋が、幕を閉じた。
わたしは誰もいない教室で独り、声を上げて、泣いた。