10京分の6
私と雪都
「ーー、」

微かに声が聞こえた。
ゆっくり瞼を開き、視線を上げる。

真っ黒のまっすぐな髪。
通った鼻筋。
神経質そうな銀ぶち眼鏡の奥には、くっきりとした二重の目が緊張を訴えている。

「瑠依(るい)かな?」

染み込んでくるような、綺麗で、優しそうな声。
私は、うん、と素っ気なく応える。

「人違いじゃなくてよかった。車、向こうに止めてるから行こう」

『ゆきちゃん』は、私の手を握ることもなく、私を気にすることもなく、自分のペースでどんどん歩いていく。
慣れないヒールを履く私は、ゆきちゃんの後にせっせとついて行く。
待ち合わせのバス停のすぐ近くに、駐車場があった。1番手前にある黒い車に乗るよう促される。
車の中からは他人の家の匂いがした。
ゆきちゃんは料金を支払っている。
後部座席を欠かさずチェック。
ブランケットと傘と地図が無造作に置かれている。

「お待たせ。ほんとにホテルでいいの?」
運転席に座ったその男からは車の中とは少し違う甘い匂いがした。
「いいよ。別に気にしない」
躊躇えよ、16歳のくせに、と自嘲する。ゆきちゃんは、苦笑しながらも印刷された地図を取り出し、眺める。
「スマホで地図出せばいーじゃん」
バッグの肩紐を指先で弄りながら聞く。
「デジタルは何だか信用できないんだ」
そう言った彼は慣れた手つきでハンドルをきった。
それからホテルに着くまで、私たちは言葉は交わさなかった。
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