根雪

先生、本当のこと、絶対言わないから、父親が怒って、警察に通報したんです。先生、そこでも何も言わなくて、私、自分で父親に事実を話して・・・父親は黙ってろって言うから・・・私、父親を包丁で刺そうとしたんです。そしたら、父親が警察に一緒に行ってくれて、先生が守ってくれたことを話して・・・

でも騒ぎが大きくなって、先生は学校を辞めなきゃいけなくなった・・・私は先生が大好きだった教師の仕事を奪って
しまった・・・

町にもいられなくなって、先生は引っ越ししてった。

私、先生がいなくなる前に会いに行ったんです。どうしても謝りたかったし、もう会えないと思ったら、迷惑かもしれないと思ったけど止められなかった。

先生に謝ったら、先生はいつもみたいに優しくて、「親元にいるのなんか、せいぜい二十年、その後の人生のほうが長いんだ。その後の人生は自分で色を決めて描いていくんだ。だったら今ある不幸な現実も、これから明るい色に塗り替えていけるんだぞ。自分でちゃんと歩いていけるように、しっかり勉強して、それで強い大人になれ。そして、いつでも笑って、笑い飛ばして生きていけ。笑ってる
人に不幸は近づかないから。いいか、約束だ。」

先生はそう言って、笑ってくれた・・・

だから、私、ちゃんと大人になって、それで先生に会いに行くって約束したんです。転校してもいじめはあったし、父親も何も変わらなかったけど、先生との約束がずっと胸にあったから、私はがんばってこれた・・・先生がいたから、また先生に会いたいから、勉強して看護師になったんです。

異動で病棟勤務になって、そこに先生が入院してた。細くなって、小さくなって・・・でも私のこと、すぐにわかってくれたんです。看護師になったことを喜んでくれて、前と変わらず優しい顔で・・・学校辞めて北海道に帰ってたと思ってたら、先生の実家、とっくになかったんです。ご両親が亡くなって、家も銀行に取られたって、だから先生は東京で働きながら暮らしてた。大好きな教師の仕事もできずに・・・全部私のせいなのに、先生は変わらず優しくて・・・でも、会えて嬉しかった。
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