あの日、君に伝えたかった
暗くて、女か男かもわからない。
ただ、俯いたまま体操座りをしていた。
年齢もわからない。
その人は大雨の中、傘もさしていない。
このままだと、風邪を引いてしまう。
私は常に鞄の中にしまい込んでいた折り畳み傘を投げた。
折り畳み傘が人に当たると、その人はゆっくり顔を上げた。
月明かりも電気もないので、表情も顔も見えない。
「大丈夫?
そんな所にいると風邪を引くよ?」
相変わらず、その人は話さない。
私は鞄の中から、パンを出した。
ママは毎日“頭が良くなるお弁当”という不思議なものを作るが、私はそのお弁当が嫌いだった。
でも食べないとママは怒るから、仕方なく食べていた。
私はお弁当を食べたくなかったので、毎朝コンビニでパンを買っていたが、いつも道端にいる鳩の餌として終わっていたのだ。
今日は雨だから鳩に餌をあげることは出来なくて、こっそり公園のごみ箱にパンを捨てようとしていたのだ。
今日こそお弁当じゃなくて、パンを食べよう。
そう誓いながら毎朝買っていたパン。
毎日無駄に終わっていたけど。
でも、今日はその人にパンを渡した。
これで無駄にならない。
「これ食べなよ。遠慮しないで良いよ」
私がなるべく自然な笑顔を顔に貼りつけた。