擬態化同盟 ~教師と生徒の秘密事~
「芹沢先生」
生徒が職員室に入りやすいように、とテスト期間中以外は開け放たれているドアを律儀にノックし、中へ入って来たのは2年の結城肇。
「数学の授業で使ったプリント、全員分です」
抱えていたプリントを差し出し、必要最低限の言葉をはっきりとした口調で淡々と述べた。
さっきの授業で解いてもらっていたプリントを時間内に解けなかった生徒が多くいたので、全員が解いたら日直が持ってくるように、と言伝をしておいた。
「ありがとう。結城君」
「いえ」
セルフレームの眼鏡の奥で目をうっすら細め、薄い唇を両端に引っ張り微笑を浮かべて小さく首を振る。
職員室を出る前には1度振り返って「失礼しました」と綺麗な角度に礼をしてから立ち去って行った。
「ああいう生徒が芹沢先生の理想ってことですかー?」
結城君が去って行った方を小顔ローラーで示しながら美原先生は少し不満げだった。
だから、学校に不必要な物は持って来ないでくださいよ。
そう思いながら美原先生が輪郭の周りで転がしている小顔ローラーを睨み付けた。
「正に理想です」
「えー?壁あり過ぎて私は結城君、苦手なんですけど」
「先生が生徒を苦手とか言っちゃダメじゃないですか」
美原先生は可愛らしく口を尖らせて、「でもねー」とぼやいた。
結城君とは数学の授業で接するだけで、彼のことを良く知っているわけでは無い。
だけど、いつも予習や復習をしていて、完璧な解答をしっかりとした口調で述べる結城君は絵にかいたような優等生だった。
どの先生に対しても敬いの言葉と律儀で丁寧な姿勢は好感が持てた。