草食キラーな彼女
* * *
衝撃のあの日から数日。完全に俺の目からは鱗が落ちてしまったらしく、ようやく事の真偽というか現状を理解した。
つまり、おそらく、信じ難いことに……全てはセイジの言う通りだったのだ。
なぜ今まで気付かないでいられたのか不思議に思うほど、七瀬さんの人気は絶大だ――
試験前で部活が休みの今、そうそう見かけることもないかと思えばそうでもない。なんの巡り合わせか知らないが、移動教室のたびに地味に遭遇してしまう……そしてその度に七瀬さんの実力(?)を思い知るのだった。
隆
(うおぉ、七瀬さんの後ろにいるヤツすげー見てる!しかも脚ばっか!
付け狙ってるだろ完全に!ってか目が据わってるし怖ぇ……!)
下手したらストーカーになるんじゃ?と心配したくなるような視線を向けられている七瀬さんだが、当人は平然と、何食わぬ顔でトコトコとお上品に歩いている。
すれ違いざま俺に気付いた七瀬さんがペコリと頭を下げた——そしてそれを見たストーカー君がジロジロと不躾な視線を俺に投げつける……
七瀬の後ろを歩く男
「…………」
隆
(うぅ……視線が……まだ背中に刺さってる気がする……)
通りがかったついでにそのまま2年の廊下を半分ほど歩いて観察してみる。ざっと見積もった感じでは、少なくとも10数人のファンがいると思われた。そして、そこここにある固まりの内、半数くらいは本気(マジ)惚れな感触……
とすると、2学年だけで少なくとも20人くらいのヤツが七瀬さんに好意を抱いている計算だ。仮に1年と3年の間では人気は0.5倍とすると、各学年10人ずつ。
単純計算で約40人(本当はきっともっと多く)の男が七瀬さんに夢中という――
隆
(すげー……!マンガみたいだ!!)
単純にそう思った。
隆
(しかも七瀬さんって自然なんだよなぁ……)
あれだけ人気があったら、表情とか台詞に作為的なものを感じずにいられないはずで。天然だろうが養殖だろうが、あざとさが目立ってモヤモヤしたりイライラさせられたりする。
往々にして自分がモテることを自覚しているヤツ(あるいは自惚れているヤツ)というのは、不遜で厭味なのがめちゃくちゃ鼻に付くもんだ——
だけど、俺の知る限りでは、七瀬さんには全然そういう嫌な気配を感じない。
それどころか清々しい謙虚さの持ち主だと思う。いつも真剣、どこか必死、だけど口調は和やかで……それだけでも面白いのに、部活中には気付けなかったが男を持ち上げて自信を付けさせるような言動が多々みられることに驚いた。
今時珍しいその感触が、夢見る男心を鷲掴むのだろうか――
隆
(良い意味でお母さん的存在?)
母のような包容力で受け入れて、守り、安らぎを与えてくれる……そんな人だから今時の草食系男子に受けているかもしれない。
言い方は悪いが、まるで某ゴキブリキャッチャーのように異性を惹き付けて止まない七瀬さんに、感嘆と尊敬の念を抱くと同時に、時たま見かける奇妙とも言える独特な返しにギャップを覚えつつ……俺の中の”個人的な興味”という名の好奇心はむくむくと増長してゆくのだった。
そうして気が付けば用もないのに2年の教室前の廊下を何度も行き来したりして、休み時間のたびに偵察を繰り返す日々が続いていた——
* * *