【彼女のヒミツ】
約一ヶ月の、長いようで短い夏休みが、あと三日で終わろうとしている。

勉強三昧の夏休み、塾と家の往復、判を押したような毎日だろうと無意識に思い描いていた。

予想を覆すかのように、仲間礼二の夏休みは楽しかった。

こんなに思い出の残る体験をしたのは、生まれて初めてだった。

何年か振りにプールに行き、夏の風物詩ともいえる花火も眺めた。

その後も、中尾真也、森永里子、水谷 玲と遊びに行くことが増えた。

ボーリングに行った時、玲とペアになり、中尾、里子組に撃沈したことは記憶に新しい。

里子の独特なフォームからくり出される玉が、次つぎとストライクを生みだす奇跡も目の当たりにした。

国立公園に行き、四人でキャッチボールもした。しりとりをしながら、ボールを投げ合うのだ。ボールを手にする時間は三秒、それ以内に、なにかを答え、相手に投げなければ罰ゲーム。

そこで礼二は、玲の運動神経の良さを知った。彼女は、白い細腕から想像もつかないような速い球を投げるのだ。

玲の口から五十メートルを六秒前半で走れると聞いた時、礼二は思わず耳を疑ってしまった。

証明してもらおうということになり、礼二と玲は芝生で競走をしたが、彼女の言葉に嘘はなく、礼二は負けた。彼は自分の運動不足さを痛感した。

中尾が、玲に向かってお嬢様のような容貌から想像つかない運動神経だと評すると、彼女は、お嬢様なんて全然ちがうよ、と言明し、父親はトラックの運転手だしと笑いながら語っていた。

笑うと目が糸のように細くなる玲のその顔に、言い様のないエロスを感じてしまう礼二であった。

カラオケボックスにも行った。玲の心地良い歌声は、聞くと笑顔と元気をもらえた。

里子は十年以上前になる八十年代の曲を好んで歌っていた。礼二は音楽を殆ど聞かないため、ほぼ聞き役となっていた。

驚いたのは中尾の歌声だった。プロ歌手を彷彿させるテンポと音程、なにより透き通ったその声は聞く者の心を掴んだ。

里子が、中尾の歌声に涙するという出来事が起きた。

たしかに中尾の歌は素人のそれとは別物に聞こえたが、泣くほどのものかと訝しんだが、以前に玲から里子の絵の才能の話を聞いていたため、中尾の声に、里子の芸術的な才能が共鳴し、熱いものが流れたのだろうと解釈した。

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