【彼女のヒミツ】
彼は中尾をキッと睨みつけると尖った口調でいう

「君は全員から嫌われているんだ。もう少し自分の立場というものを考えた方がいいんじゃないかい。嫌われ者さん」

すると中尾は沈んだ顔をみせた。今まで礼二の見たことの無い顔だった。

二人の間に不穏な空気が流れた。礼二は唇を閉じ下を向いた。

その時、始業のチャイムが鳴った。中尾は黙って席に戻った。

礼二の定まらない視線は、しばらく宙をさまよっていた。

不意に後悔が襲ってきたが、どうしようもなかった。礼二は中尾の肩を落として席へ戻る背中を見ていた。

礼二はゆっくり斜め後方に目をやった。森永里子は中央の後ろから二番目の席だ。

彼は理由なく里子を見た。彼女は自席でうつむいている。礼二は、自分がなぜ里子が気になったのかわからなかった。




全ての授業終了後、礼二は早々と帰宅準備を済ませ校門を跨いだ。

空はすでに夕焼けに染まり、数羽のカラスの鳴き声がこだましている。

礼二はふとコンクリート塀によりかかっている女の子をみつけた。里子だった。彼女は両手で鞄を持って俯いていた。

礼二は里子に声をかけるかどうか迷った。

校門には、まばらに学生が出入りしている。運動部も校外の周囲をランニングしていた。

礼二は誰か知り合いに里子と一緒にいる姿を見られるのは避けたかった。

彼は迷ったあげく、里子を無視しようと決断した。

目もくれず里子の前を通過しようとした時、彼女の動く気配が読めた。

礼二は歩を早め、里子から逃げるようにその場を去った。

自責の念が込み上げたが、しょうがないんだと言い聞かせた。




滅多に寄り道をする性格ではなかった。今日も六時から塾がある。

帰宅し、晩飯を喰う、そして塾の予習をこなしてから塾へ向かう。この機械的な時間軸は乱したくなかった。

寄り道をしよう。

今日の礼二は何故かそんな衝動に駆られた。とは言っても娯楽場に足を向けるわけではなく、近くの河川敷で軽く時間を潰す程度だ。






礼二は背もたれのない簡素な石ベンチに腰掛けると、杉箕川の飛び石で遊んでいる小学生をぼんやり眺めていた。

また森永を無視しちまったよ───

礼二はその事を胸の中で何度も反芻していた
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