【彼女のヒミツ】


中央図書館に午前十時の約束。

しかしそれは口約束したわけではなく、暗黙の内に決まっていたこと。

必ずしも時間内に着かなければいけない、というわけではない。

水谷 玲は、九時半には必ずその場所にいた。館内の一番端、日当たりの良い窓際、木製の椅子に腰掛けている。

小学生から仲良くしている幼馴染みを待っている。玲は待つという行為が好きだった。

待ち合わせの三十分前には、現地に着いていなければ気がすまない性格だと自覚している。

十七年間の人生の中で遅刻は一度もない。

待つ時間は、いつも自宅から持参の小説を読むことにしている。

図書館に居るのに、持参した本を読むというのはおかしいが、玲の持つ大きな手提げ鞄の中には、常に何かしらの小説が入っている。

待ち時間にそれを読むのが癖づいてるだけだった。

現在読み続けてるのは恋愛ものだ。

冴えない女子高生が、金持ちの王子様のような青年と偶然恋に落ちる話。

この手の小説はパターン化されている。

王子様のようなルックスを持つ大金持ちの青年が、なんの変哲もない女子高生と付き合い、波乱の末結婚するという、幾分現実離れした内容だ。

それにどの小説も、主人公は平凡な少女と記しているが、大抵可愛い少女なのだ。

けしてブスと美男子が無理に恋愛するという設定なわけではない。

玲はそんな現代版シンデレラストーリーに胸をときめかせながら、頁をめくっていた。

「お、おはよう」

ある少女がくぐもった口調で、背後から玲に声をかけた。

目元が隠れるほど長い前髪、背中は丸まり、陰気な雰囲気が漂った少女だ。

玲は読んでいた恋愛小説から、声のした方へ振り向いた。彼女に白い歯を見せていった。

「おはよう、さっちゃん」

玲の笑顔の方向に森永里子が立っていた。



< 5 / 63 >

この作品をシェア

pagetop